第661話 町の噂話

 リンたちが降り立ったのは、スカドゥラ王国随一の賑やかさと大きさを誇る貿易港のレディーサだ。タンカーのような巨大な船が幾つも行き交い、様々なものを運んでいる。近くには漁船から降ろされた魚介類を売る市場があり、威勢の良い声が聞こえている。

「港や市場って、朝が一番忙しいっていうイメージがありました」

 忙しなく動く人々を眺めて、晶穂がふと呟く。何となくだが、競りは朝行われるものだという先入観があった。

 しかし、この港では少々違うらしい。事業者のみならず一般の人も多く出入りすることから、一日中賑やかなようだ。そんな話が何処からか聞こえてきた。

 一行は港を離れ、町の中へと入って行く。王都の隣町だというレディーサは、海の玄関口という役割もあってか、漁師町らしい町の中に立派な国の機関らしき建物も建っている。

 広い道の左右に店舗が並び、多くの人々が働いている。店の中には客が何人かいて、店員との会話を楽しんでいる様子が伝わって来た。

「軍事費に最も国費を割いていると聞いていたから、もっとすさんだ感じを想像していたよ。国力は軍事力だけでは賄えないと知っているんだろうね」

「難しいことはわからないけど、中から豊かにしてるってことだね」

 ジェイスの言葉にユキが応じ、一旦全員で道を歩いた先にある広場に集まった。そこは国の機関の建物から程よく離れ、町全体の雰囲気を見られる場所でもある。

 ぐるっと広場を眺めた克臣は、こちらを注視する視線を感じないことを確かめてからリンに尋ねた。

「リン、気配はあるか?」

「……そう、ですね。まだ遠いというのが今の感覚です。確実にこの国にはあるんですが」

「なら、船でも言ってたように情報収集から始めようぜ」

「賑わっていますから、色んな情報が集まっていそうですね」

 晶穂も頷き、一時間後にこの場所に集まることが決まった。


「晶穂、はぐれるなよ?」

「う、うん」

 リンの手に引かれ、晶穂はコクコク頷いた。

 二人がいるのは、港近くの人混みの中。市場の近くで、買い物をする客が行き交っている。

 九人は二、三、四人に分かれてそれぞれに情報集めをしていた。他のグループは、ジェイスと克臣とジスターの三人と年少組四人という構成だ。

「にしても、人多いな。情報収集っていっても、人を呼び止めるのも難しいか」

「噂話とか聞こえてくれば良いんだけど」

 歩き回っていても仕方がない。と二人はすれ違うのも億劫なメインストリートから外れて、路地の入口に立った。

 歩いて行く人々を眺めながら、晶穂がリンに話しかける。

「ねえ、リン。今までの種は大抵昔話の中にヒントがあったけど、今回も同じかな?」

「確実にそうだとは言い切れないけど、可能性は高いだろうな。……後で、図書館にでも言ってみるか?」

「ここでの情報収集が不発なら、それもありかなって思った。でも、少しでも早く手がかりを掴みたいな」

 きょろきょろと見回した晶穂は、不意に「あそこ……」と控えめに指を差す。そちらに目を向けたリンは、惣菜店の店主相手にお喋りに興じる女性たちを見付けた。

「……からね」

「そういえば、南の方で不思議なことが起こっているらしいわよ」

「へぇ!? どんな?」

「私も聞いたわ。でもそれは西だったような?」

「どちらでも良いわよ! なんでも……」

 そこまで聞き、リンと晶穂は顔を見合わせ頷いた。これまでの経験上、不思議な出来事には敏感にならざるを得ない。

 しかし、赤の他人が「すみません、不思議なことって何ですか?」などと行っては不審がられるだけだろう。ということで、二人はその店の隣の雑貨を売る店の商品を見るふりをしながら会話を聞くことにした。

 幸い、そこにいた奥様方は話し声が大きい。三人がわいわいと楽しそうにお喋りしている。

「……ということらしいのよ~」

「夜中に大砲の音が? そりゃあ、子どもなんかは怖がって眠れないんじゃない?」

「そうそう。だから、誰のいたずらだって話で。警備を強化しているらしいんだけど、ずっと犯人は見付からないままなのよぉ」

「ずっとってどれくらいなの?」

「ここ七日間くらいの話だって。昨日、お城に勤めている友達が教えてくれたの」

 城勤めの友人がいるという女性に、他の女性たちが「へぇぇ!」と感嘆の声を上げた。それまで適当に相槌を打っていた店主の男性も、途中から身を乗り出して聞いている。

「それじゃ、南のその町は騒がしいな」

「ええ。話じゃ、衛兵なんかも投入されてるんだって。それでも毎夜何処からか大砲の音が響くっていうんだから、怖いわよねぇ」

 気が済んだのか、女性たちはその店で買い物をして立ち去った。店主もまた、別の客の相手をするために体の向きを変える。

(南の町で夜な夜な大砲の音が聞こえる? そんなの、ほぼホラーだろ)

 リンは女性たちの話を振り返りながら、今後の方向性を定める。衛兵を投入するとは、なかなか大事になっているらしい。衛兵たちと接触せずに種を探すのは、なかなか難しそうに思える。

 しかし、そちらに向かうべきという声が聞こえた気がした。リンは種が集まる毎に鋭敏になる感覚を抱きながら、隣にいる晶穂に話しかけた。

「戻らないと、集合時間に遅れるな。晶穂、そろそろ……晶穂?」

「あ、ご、ごめん! 行こっか」

 ぱっと手に取っていた晶穂は、手の中の何かを慌てて店の棚に戻す。その仕草を何となく目で追っていたリンは、自分たちがいた店がアクセサリーの店舗であることに今更ながら気付いた。

 天然石を使った髪留めやネックレス、バングルやイヤリングなどのアクセサリーが並んでいる。店には晶穂と同年代の女性たちが多くいて、それぞれに好みのものを探していた。

 晶穂が棚に戻したのは、リンの瞳のような赤い色をした石を使ったリング。それを何となく視界に入れながら、リンは歩き出そうとする晶穂に尋ねた。

「……晶穂、何か欲しいものがあったんじゃないのか?」

「綺麗だなって眺めてただけだよ。気になるのがあったのは本当。だけど、買うのは今じゃないって思ったんだ」

「今じゃない?」

 きょとんとするリンに、晶穂は振り返って微笑んだ。

「その石にはね、願いを叶えるっていう意味があるんだって。素敵だなって思ったんだけど、今叶えたい願いは、叶えたいじゃなくて叶えるって決めているものだから」

 だから、今は買わない。晶穂はそう言うと、リンに「行こう」と言って彼の手を取った。

 来た時とは反対に、今度は晶穂がリンの手を引く。揺れる晶穂の灰色の髪を眺めながら、リンはそっと呟いた。

「……俺から渡すから、待っててくれ」

「何か言った?」

 よく聞こえなかった、と晶穂が振り向いて首を傾げる。リンは自分の発言が彼女に聞こえなかったことにほっとして、晶穂の手を握り直す。

「何でもない。行くぞ」

「あっ……うん」

 しっかりと恋人つなぎで絡んだ指を見て、晶穂の顔が真っ赤に染まる。リンはそれを見て見ぬふりをして、集合場所まで早足で向かった。

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