第659話 ランチタイム
晶穂たちを見送り、ユキがベンチで足をぶらつかせ兄を見上げた。
「よかったの、兄さん?」
「何がだよ?」
首を傾げるリンに、弟はにやにやと笑う。十センチ程しか変わらない身長の変わらない兄の顔を、楽しそうに水色の瞳に映す。
「だって、兄さんは晶穂さんといたかったんじゃないかなって思ってさ。ぼくらは見慣れちゃったけど、やっぱりわかりやすくいちゃつけばいいのにって思っちゃうよ」
「わかりやすくって……俺に出来ると思うのか、ユキは」
「無理だと思う。だけど、晶穂さんは客観的に見ても可愛いから……ほら」
ユキが指差した方に目を向けたリンは、眉間にしわを寄せた。視線の先では、屋台の前でチャラい男二人に声をかけられる晶穂と唯文の姿がある。立ち上がりかけたリンだが、唯文が追い払うのを見て無意識に肩の力を抜く。
「……ね?」
「だからって、ユキと過ごす時間をないがしろにしたくはない。ユキは、俺の大切な弟だから」
「……ありがと」
わしゃわしゃとリンに頭を撫でられ、ユキは嬉しそうに目を細めた。
「そういうとこが、兄さんのかっこいいとこだよ。なかなか兄さんを超えるのは難しそうだな」
手放しに褒められ、リンは面食らう。それから苦笑して、青空を見上げた。
「俺の目標はジェイスさんや克臣さんだからな。あの人たちに俺が追い付くのも難しい」
「あの二人が目標か……。ぼくも負けないように、みんなに置いて行かれないようにしなくっちゃ!」
負けないよ、とユキは笑う。そして両手の拳を突き上げ、はきはきとした声で宣言した。
「ぼくの夢は、兄さんを支えることだから。一緒に銀の華で頑張っていきたいんだ」
「……頼もしい限りだな」
少し胸に来るものがあって、リンは顔を見られないようにそっぽを向いた。落ち着いて顔の向きをもとに戻すと、ユキがニヤニヤとこちらを見ている。
「兄さん、ちょっと感動した?」
「……バレたか」
「泣くのはまだまだ先だよ? ……あ!」
とんっと立ち上がり、ユキは広場の入口に向かって手を振る。リンも立ち上がって見れば、ジェイスたち三人がこちらへ向かって歩いて来ていた。
ユーギと春直もユキに気付き、大きく手を振った。彼らと共にいたジェイスも、リンとユキに向かって軽く手を挙げた。
「リン、克臣たちは?」
「買い出し中です。そろそろ戻ってくると思いますけど」
「そう。……ああ、帰って来たね」
振り返れば、克臣とジスターが幾つかの紙袋を提げて戻ってくるところだった。彼らの後ろからは、晶穂と唯文もやって来る。
「リン、ユキ。待たせたな!」
「お帰りなさい」
「お帰り、おいしそうだね!」
リンの脇からユキがジスターの持つ紙袋を覗き込み、嬉しそうに笑う。その隣で、晶穂はジェイスら三人に目を向けた。
「ジェイスさんたち、お帰りなさい」
「うん、ただいま。チケット、ちゃんと取れたよ」
「今から一時間後、港から出るって!」
「なので、今のうちに食べてしまえば大丈夫ですよ!」
「腹減っただけだろ、春直」
ユーギに指摘され、春直が「バレたか」と舌を出して笑った。と同時に腹の虫が鳴き、全員が笑い出す。
リンは涙目になりながら、息を整えて目元を拭った。
「はー、腹痛いわ。船まで時間があるなら、ここで食べて行こうか」
「うぅ、恥ずかしくなってきました」
顔を赤くした春直の耳が垂れ、しっぽが力なく振られる。彼を引き寄せよしよしと背中を撫でた晶穂は、彼と同じ目線の高さにしゃがんだ。
「可愛かったよ、春直」
「か、かわいいは誉め言葉じゃないです……」
「そっか、ごめんね。丁度お昼時だもん。お腹が空いて当たり前だよ」
淡く微笑み、晶穂は先にみんなで座れる場所を探しに行った克臣たちを探す。すると噴水から見て西側のスペースで、敷物を敷いてこちらに手を振るユキたちの姿が見えた。
「あ、あそこだね」
晶穂が彼らに向かって手を振り返すと、傍にいたリンが真剣な面持ちで春直と視線の高さを合わせる。瞬きをする彼に、リンは頭を下げた。
「春直、笑って悪かった」
「だ、団長……。ふふ、大丈夫ですよ。こんなことで怒ったり泣いたりしません。そんなことよりも、たくさんやるべきことはありますから」
まさか正面から謝られると思っていなかった春直は、驚くと同時に吹き出した。くすくすと楽しそうに笑うと、数歩先へ駆けてこちらを振り向く。
「ほら、お腹空きましたしご飯にしましょう」
「ありがとな。さ、行くか」
「うん」
リンと晶穂は春直を追い、ジェイスたちが広げたシートの上に腰を下ろす。そこは芝生の広がるスペースとなっており、幾つかのベンチがある他、シートを敷いてピクニック気分を楽しむ団体も見受けられた。
「さ、食おうぜ。いただきます!」
克臣たち買い出し班が買ってきたのは、コッペパンサンドや焼きそば、そして餅のようなものを串に巻いて焼いたお菓子などだ。こちらにはあんこやきな粉がたっぷりとかけられている。
それらに加え、晶穂と唯文がお茶や紅茶を人数分買ってきていた。
「……そういえば、ジスターさんはサーカス団の一員として世界中回ってたんですよね。その中でスカドゥラ王国に行ったことはありませんか?」
そう尋ねたのは、焼きそばを食べ終わった唯文だ。対してジスターは、コッペパンを食べながら考えている。そして「あ」と声を上げた。
「数回だが、あるな。あの時は支配人が人数分のチケットを取って、船で渡ったと思う。何年も前のことだけど、王都で公演をしたこともあったな」
「成程。なら、船で渡るという選択肢は間違っていなかったということか」
不安があったのか、リンが肩を竦めて苦笑いした。
「ああ。だから、大きな改修などなければ、ある程度案内することは出来ると思う。その代わり、うろ覚えだけどな」
ジスターに「ありがとう」と笑ったリンは、ほとんど空になった皿や容器を眺めて微笑む。
「あと十五分くらいか。食べ終わったら、早速港に向かいましょう」
それから二十分後、一行の姿は海の上にあった。
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