スカドゥラ王国一つ目の種
第658話 買い出し
ニーザのアドバイスに従い、リンたちは竜化国の首都である牙城へとやって来た。首都の港ということもあり、朝から威勢のいい声が聞こえて来るなど賑やかだ。
「で、客船乗り場ってのは何処だ?」
人々の行き交う中で立ち止まるのは邪魔になるため、閉店中と書かれた店舗の前で立ち止まる。きょろきょろと見回していた克臣が言い出し、リンも首をひねる。
「誰かに聞いてみるしかないですかね。……あ、行ってきます」
聞きやすそうな誰かを探していたリンは、ふと目に留まった食堂のスタッフに声をかけに行く。それは丁度暖簾をかけに出てきた青年で、リンの質問に丁寧に応じてくれる。
「ああ、客船ですか。それなら、この道を真っ直ぐ行ったところに切符売り場があります。案内所も併設されていますから、時間や料金のことを聞いてみてはどうですか?」
「わかりました、ありがとうございます」
「良い旅を」
青年に見送られ、リンは早速仲間たちの元へと戻る。聞いたことを共有し、案内所に移動することにした。
案内所は歩いて数分のところにあり、リンたち同様に他の大陸へ移動するらしい旅行客などでごった返していた。
「お、あそこにあるのが船の運行情報じゃないか?」
克臣が指差したのは、奥の壁に掛けられた掲示板だ。板をはめたり外したりすることで情報を更新していくらしい。
しかし、人の多さと距離の問題でよく時刻が見えない。すると小柄なユーギが「はい」と手を挙げた。
「ぼく、見て来るよ! 一番近い時間のスカドゥラ行きを見てくればいいよね?」
「助かる。頼んだ」
「うん! 春直、一緒に行こ」
「わ、わかった」
人混みに怖気付いていた春直だが、ユーギに手を引かれて覚悟を決める。最年少二人が果敢に人波に挑むのを見送り、ジェイスが「さて」と残ったメンバーを振り返った。
「あまりたくさんここで待たなくてもいいだろう。リン、克臣、みんなと一緒に外で待っててくれるか?」
「わかった。港近くに屋台の集まってる広場があるってさっき聞こえてきたから、俺たちはそこにいるよ。昼飯食ってか買ってから、船に乗ろうぜ」
「それが良いかもしれませんね。じゃあジェイスさん、二人をお願いします」
「うん、任せて」
ジェイスに二人を任せ、リンたちは克臣が漏れ聞いたという広場へ向かった。
牙城は首都ということもあり、何処も賑わっている。特に年少組と晶穂の位置を確認しながら、一行は数分後には広場の入口にいた。
中央には大きな噴水があり、それを中心に広場は円形に広がっている。
「本当だ。あっちにもこっちにも、屋台が並んでる!」
「うまそうなにおいもするし、幾つか買っとくか。今食べられなくても、船の中で食えるだろ」
「良いですね」
ジスターも頷き、克臣は「よし」と笑った。
「俺とジスター、唯文とユキで買い出しな。リンと晶穂はジェイスたちの目印になっていてくれ」
克臣に当然のように言われ、リンは「え」と立ち上がろうとした。しかし、それよりも早く晶穂が勢いよく手を挙げる。
「わ、わたしも行きますよ! ユキ、リンと一緒に待ってて」
「晶穂さん、良いの?」
「うん」
頷く晶穂の顔が赤い。今朝のこと、更に夜のことも全てではないが途切れ途切れに思い出した。寝ぼけて様子を見に来たらしいリンを抱き締めたこと、そのまま一晩彼の服の端を掴んで離さなかったこと。無意識とはいえ、無意識だからこそ、自分のしたことが恥ずかしかった。
「リンと二人きりじゃなくてよかったのか、晶穂?」
リンとユキを残して、晶穂たちは広場で二手に分かれることにした。克臣とジスター、晶穂と唯文だ。前者が食べ物、後者が飲み物担当ということになる。
分かれる前、克臣が晶穂を呼び止めた。買い出しでよかったのかと尋ねると、彼女は耳まで赤くして頷く。昨夜、何かあったのだろうか。
「克臣さん。……はい。今は、照れが勝るので。それに」
「それに?」
「兄弟水入らずの時間というのも、大切にして欲しいです」
振り返れば、兄弟で何かを話している姿が見える。ユキが何かを言い、リンが吹き出す。たったそれだけのことだが、晶穂には嬉しい。
「ふうん……。全く、信頼っていうことかねぇ」
「克臣さん? ――きゃっ」
ぽふっと頭に手を置かれ、次いでぐりぐりと乱暴に頭を撫でられる。「何するんですか」と抗議しても、克臣は笑うだけで聞く耳を持たない。
「もうっ!」
満足したらしい克臣の手が離れてから、晶穂はキッと克臣を睨んだ。本気で怒っているわけではないが、抗議をしておくべきだと思った。
しかし、克臣は全く意に介さない。
「ははっ。かっこよく育って嬉しいぜ、晶穂」
「……克臣さん、伝わるものも伝わりませんよ」
唯文があきれ顔で言い、ジスターも肩を竦める。
ジスターは最も付き合いが短いはずだが、何となくそれぞれの性格や関係性を把握し始めていた。特に克臣は、度々朝の鍛錬に付き合わせてくるために慣れてきている。
ジスターと唯文の反応を見て、克臣はにやっと笑った。彼にとってはこういうどうでもいいようなコミュニケーションが大事だ。
「よし、じゃあ買いに行こう。ジスター、こっちな。晶穂は唯文と」
「あ、はい」
「じゃあ、またあとで」
「ああ」
四人が二手に分かれ、それを見ていたユキが「あ、ようやく買い出し始めた」と呟いた。
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