第655話 待ち望んだ再会の夜
アルシナとジュングを追い、リンたちはヴェルドが眠っていた寝室になだれ込む。すると上半身を起こしていたヴェルドが、目を丸くしてたくさんの客人を迎えた。
「な、どうしたんだ……?」
「どうしたじゃないわ、このたわけが!」
「いってぇ!」
ガンッという大きな音がしたかと思うと、ヴェルドが頭を抱えている。ニーザも拳が頭頂部を直撃したらしい。あまりにも鮮やかな手さばきで、その場にいた誰もがニーザを止める選択肢を持つ前に事が終わった。
ニーザは拳を解いてひらひらと振ると、ヴェルドの枕もとに腰を下ろした。
「全く……。どれだけ寝れば気が済むんかね、この男は」
「起き抜けに怒鳴られる俺も大概だと思うが……。その、ご心配をおかけしました」
不満を言いながらも、ヴェルドは素直に頭を下げる。ニーザには頭が上がらないのかもしれない。
そんなヴェルドを見て、アルシナは涙ぐんでいる。ジュングも顔を赤くして、しかし泣かないように唇をぎゅっと引き結んだ。
「アルシナ、ジュング」
そんな二人に気付いたヴェルドは、きまりが悪いのか頬をかいた。そして、逸らしていた視線を真っ直ぐに
「心配かけたな。もう、大丈夫だ」
「とう、さ……」
「ニーザさんの言う通りだ! いつまで寝てるんだよ!」
「うっ……。っはは、どうした? 泣き虫だなぁ」
アルシナに抱きつかれ、ジュングに腹を殴られ、ヴェルドはそれらを甘んじて受けながら笑っている。ぽんぽんと二人の後頭部を撫でて、囁くように「ありがとう」と呟いた。そして、二人を抱えたまま顔を上げる。
「君たちも、二人といてくれてありがとう。不思議なんだが、眠っている間、君たちが迷宮を歩く様子が見えたんだ」
「迷宮を歩く俺たちが?」
「そう。何とか助けてやりたいと思ったが、アルシナに力を貸すことが精一杯だったな」
「……それが、充分な力になりましたよ。ありがとうございます、ヴェルドさん」
「だとしたら、よかった」
リンの言葉に、ヴェルドはふっと笑顔を見せた。
アルシナとジュングの様子を見れば、二人はまだ顔を上げない。竜人にとっては短い時でも、長い時間話すことが出来なかったのだから当然だろう。気を利かせ、ジェイスはそっとヴェルドに提案した。
「……ヴェルドさん。積もる話もあるでしょうから、わたしたちは席を外しますね。親子水入らずで過ごして下さい」
「ありがとう。君たちも今夜はゆっくり休むと良い。明日からまた、慌ただしいだろうから」
「はい。おやすみなさい」
仲間たちを伴い、ジェイスは部屋を出る。ちらりと部屋の中を見ると、アルシナたちが嬉しそうに話す様子が見受けられた。
歩き出したジェイスに、ユーギが駆け寄って来る。
「ジェイスさん、よかったね」
「わたしじゃないよ、ユーギ」
「でも、ジェイスさんも嬉しそうだから」
「……ふふっ、そうか」
指摘され、ジェイスは初めて己の頬が緩んでいることを自覚した。クスッと笑い、目元を和らげる。
「多分、アルシナたちが嬉しそうだからだろうね」
「……ジェイス、お前。普通に惚気けるよな」
「そうでもないさ」
克臣に言われるが、ジェイスは取り合わない。ちらりと閉じたドアを見たものの、すぐに進行方向へと体を戻した。
「リン、具合はどう?」
一旦居間へ戻ったリンは、すとんとソファに腰を下ろした。
わずかにシャツの襟元から覗いた黒い模様に、晶穂の危機感が高まる。それを指摘せず、そっとリンのバングルへと神子の力を注いだ。
「これで種は七つだ。あと三つ、もたせてみせるよ」
「わたしも全力でサポートする。必ず、助けるから」
「晶穂はよくやってるだろ。頑張り過ぎるくらいだ。俺は、みんながいる限り大丈夫」
「頑張り過ぎっていうのは、兄さんにも当てはまるからね? 休む時休んでくれるからまだ良いけどさ」
氷のう代わりに手のひらサイズの氷の塊を創り出したユキが、それを兄の額に乗せて笑う。熱があるわけではないリンだが、弟の気持ちを甘んじて受け入れた。
「耳が痛いが……全員ブーメランだろ」
「まあね」
ぺろっと舌を出したユキは、あくびを噛み殺すユーギたちを伴ってニーザに用意してもらった寝室に引っ込んだ。ニーザの家は里長ということもあって広く、十人が雑魚寝しても余裕のある部屋が一つある。そこを借り、男子は寝させてもらうのだ。
「そういや、晶穂はアルシナの家だっけか」
「そうなんです。ただ、今夜は寝たいから家の鍵を貸して……なんて言えませんから」
ここのソファで寝かせてもらおうと思っています。そう答えた晶穂は、克臣が何か思い付いた顔でニヤッと笑ったために首を傾げた。
「克臣さん……?」
「あー……いや、止めとこう。全部落ち着いたら、きっともっと面白いものが見られるからな」
「面白い?」
「克臣」
ピシャリと幼馴染を制したジェイスは、驚く晶穂の頭を軽く撫でた。
「男所帯に晶穂を放り込むわけにもいかない。寝にくいだろうが、ゆっくり休むんだよ」
「はい、ありがとうございます。ジェイスさん」
「おやすみ」
「おやすみ、晶穂」
「おやすみなさい、克臣さん、リン」
リンたちを見送り、晶穂は豆電球だけを残して全ての照明を消した。真っ暗にしなかったのは、ニーザたちが入って来た時に危なくないようにという理由からだ。晶穂自身は、真っ暗にしていても寝られる。
雑魚寝の部屋から毛布だけを借りており、それをかぶる。冬が近く、朝晩はめっきり寒くなった。晶穂は毛布を肩までかけ、目を閉じる。
(明日は、何処に行くことになるんだろう?)
ソディリスラ、ノイリシア王国、竜化国と渡って来た。残る大陸は、南の海に位置するスカドゥラ王国のみ。しかしスカドゥラ王国は、かつて銀の華と敵対した国だ。
(でも、今回は王国内を旅するだけだから。きっと、女王とかとはかかわらないよね)
そうであって欲しいと願いつつ、晶穂はゆっくりと睡魔に吞まれていった。
「――うおっ」
誰かの声が聞こえた気がした。その正体を知らないまま、晶穂は無自覚にそれを抱き締めて眠り続ける。
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