第654話 宝物庫の出口
アヴァランシアと名乗ったが、それ自体は発光する何かだ。年少組はこわごわと、しかし興味深そうに離れた位置から見詰めている。アルシナとジュングは驚きつつも感じるものがあったのか、光の前に膝をつく。
「始祖、アヴァランシア様。こうしてお会い出来、光栄に存じます」
『ああ、二人は竜人の末裔なのだね。あの頃から、もう数え切れないほどの年月が経った。……こうして、我が血筋の者たちと巡り合うことが出来ようとは』
嬉しいのか、点滅がリズムを刻む。更にアヴァランシアは末裔の二人に立つように促して、再びリンの目の前へと移動した。
『さて、種を探す者。……時は限られているようだ。出口を教えてあげよう』
「助かります、アヴァランシア様」
『ふふ、構わない。さあ、こちらだ」
アヴァランシアの言う通り、その光が指し示す方向を見ると新たな扉が開いていた。近くにいたジェイスがそっと開いた入り口に手を差し伸べると、難なく通ることが出来る。
『扉は、お前たちがこの国において帰る場所へと繋がっている。ここまでやって来て私を楽しませてくれた礼も、おいていこう』
「礼?」
『楽しみにしていると良い。竜人の子よ』
首を傾げるアルシナに笑いを含んだ声でそう伝えると、アヴァランシアは「さあ」と一行の背を押した。
「ありがとうございました、アヴァランシア様」
「お元気で、なんて言うのも変ですよね。ありがとうございました」
リンと晶穂が扉をくぐり、年少組とジェイス、克臣が続く。更にアルシナ、ジュング、そしてジスターが扉をくぐると、宝物庫は再び静寂の中に閉じ込められた。
いつものように廟の前に作った畑を耕していたアヴァランシアの耳に、遠くからパタパタと足音が聞こえてきた。
――アヴァランシアさま、アヴァランシアさま!
――どうしたんだい? そんなに慌てなくても、私はここにいるよ。
走って来た小さな友人が、アヴァランシアの袖を引く。アヴァランシアは屈んで、彼と視線の高さを合わせた。
すると彼は、にっこり笑って何かをズボンのポケットから取り出す。「はい」と手渡され、アヴァランシアは目を丸くした。
――これを、私に?
――はい! 素朴でちっちゃいけど、綺麗な箱なんです。アヴァランシアさまの大切なもの、入れてください!
――ありがとう。
それは、小さくて固い木の小箱。箱の中には入り切らない大切なものがたくさんあったが、アヴァランシアは後により小さな一つを仕舞うことになる。
いつの間にか迷宮に宿った、不思議な守護という魂の守るそれを。
「ここは……」
目を覚ますと、そこは隠れ里の入口だった。見れば全員がそこにいて、各々我に返って周囲を見ている。
「隠れ里、だね」
「帰ってきたんだ……」
「全員無事だな? 一先ず、ニーザさんに報告に行こうぜ」
克臣の提案に皆同意し、ニーザの自宅のドアを叩く。すると、中から物音がした。
「ニーザさん、起きていてくれたみたいだ。明かりがついてる」
ジュングの指摘の通り、ニーザの家の窓からは明かりが漏れていた。既に日が暮れ暗くなっているが、家の明かりのお陰でほっとする。
「おかえり。皆、無事だね?」
「ただいま、ニーザさん!」
アルシナがニーザに抱きつき、頭を撫でてもらって笑みを浮かべる。
「疲れただろう? 順番に汗を流しておいで。その間に、ご飯を作ろう」
「いや、俺たちでやりますよ。台所だけ使わせてもらえれば……」
「作って食べさせたいのさ。黙って手伝っていたら良いんだよ」
湯浴みを終えた者から手伝うように。それだけ言い置いて、ニーザはリンたちを家に招き入れた。
ニーザを中心に作ったのは、手早く食べられることを優先したサンドイッチだ。大量にあったが、皆空腹を抱えていたためにすぐに消え失せた。
食事をしながら、リンたちはニーザに種を手に入れたことを報告する。するとニーザから、思いがけないことを聞くことになった。
「あんたたちが迷宮にいた時だと思うが、ヴェルドが寝言を言ってね」
「義父さんが!?」
「そうだよ、ジュング。アルシナの話を聞く限り、ヴェルドはアルシナに話しかけていたんだろうね」
「だと、思います。あの、義父さんは今は……?」
おそるおそる、しかし期待を込めてアルシナが尋ねる。するとニーザは、残念そうに首を横に振った。
「その後は、また眠ってしまったよ。目覚めるかと思ったんだけどね」
「そう、ですか……」
目に見えてしょげ返るアルシナとジュングをかわいそうに思うが、ニーザにはどうしようもない。せめて、と彼女は食事を終えた二人をヴェルドのいる部屋へと誘った。
「あんたたち二人で、話しかけてやりなさい。今回のこと、ヴェルドも二人から事の次第を聞きたいだろうからね」
「「はい」」
竜人姉弟が席を外し、話し手は銀の華へと移る。
「……ということで、どうにか宝物庫からも出て里の前で目が覚めました」
「アヴァランシア様、ね。竜人の祖の名までは知らずにいたが、次に廟へ行く時には名前を呼んで差し上げようかね」
「喜ばれますよ、きっと」
ニーザの思い付きに、晶穂が柔らかく微笑む。丁度ニーザのコップにお茶がなくなり、ボトルから注ごうとしたがもう入っていない。
「ニーザさん、お茶要りますか? 沸かしてきますよ」
「そうかい? じゃあ、頼もうかね」
「少し待っていてくださいね」
席を立ち、晶穂がお茶の入っていたボトルを持って部屋を出る。彼女の後ろを、春直が「手伝います」と志願してついて行った。
食事はとうに終わり、片付けをするために唯文とユキ、ユーギもジスターを引っ張って台所へと駆けて行く。残ったのはリンと克臣、ジェイスの三人とニーザだった。
事のあらましを一通り聞いたニーザは、三人を相手に世間話をしている。その中で、ふっと呟いた。
「……いい子ばかりだね。銀の華っていうのは」
「ありがとうございます。俺には勿体ない、良いやつばかりです」
「あの晶穂って子は、恋人なんだろう? 大事にしないと罰が当たりそうだね」
「――っ、ごほっ」
お茶を飲んでいたリンは、突然矛先を向けられてむせた。何度か咳込み、落ち着いてから真っ赤な顔で頷く。
「もとより、そのつもりです。……俺が彼女に出来るのは、それくらいですから」
「謙虚だね、あんたたちは」
くっくと笑ったニーザは、廊下を駆ける二人分の足音を耳にして首を傾げた。
「おや、どうかしたのかね」
「――っ、ニーザさん!」
現れたのは、ジュングだ。彼の表情は、喜色と戸惑いの両方が入り混じったもの。
ニーザがどうしたのかと問えば、ジュングの後から来たアルシナが半ば叫ぶようにして応じた。
「義父さんが、義父さんが目覚めたんです!」
「何だって!?」
ニーザの素っ頓狂な声に驚き、台所にいたメンバーもわらわらと戻って来た。
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