第653話 宝物庫に隠されたもの

 明るさに目がくらんだリンたちだったが、順応してしまえば問題はない。そっと瞼を開けたリンは、目の前に広がった景色に息を呑んだ。

「……凄いな、これは」

「食器とか、置物とか。あれは……本?」

「綺麗に並べて保管されてる。それにしても、凄い数だ」

 一行が目にしたのは、数え切れない物たちだった。棚や箱の中に仕舞われているが、何枚も重ねられた食器や本が所狭しと並べられている。決して狭くはなさそうな部屋だが、物の多さのために四畳半ほどにも感じられた。

 石畳の床を歩き、リンは目当てのものを探す。彼を呼ぶ声に耳を傾けようとするが、この部屋に入ってからはそれも止んでいる。

(自力で見付けろってことか)

 おそらく、種は箱に仕舞われている。気配を辿るつもりで、リンは仲間たちと共に宝物庫を奥へと進む。

「絵画や陶器……所謂宝物とすぐに分かるものもあるけど、他にも色んなものが置かれてるな」

「小石とか、あれは使い古しの筆?」

「アヴァランシアだっけ? そのひとが宝物だと思ったものを全部置いているんだろうな」

 優しい人だったんだろう。克臣が言って、皆が同意した。それほどまでに、宝物庫は物に溢れている。何でもないようなものでも、ここにあるということは彼の宝物なのだ。

 やがて、リンは小さな箱の前で立ち止まった。ポツンと机の上に置かれたそれに、彼の視線は引き寄せられる。

「これ、かな」

「兄さん、あったの?」

 身を乗り出したユキに頷き、リンは目の前の棚に置かれた手のひらサイズの木箱を手にした。軽く振ってみると、何か入っているのかカタカタと音がする。

「……開いた」

 鍵が必要かと思ったが、予想に反して蓋は簡単に開いた。小箱の中には綿が詰められ、埋もれるようにして種が一つ置かれている。

 そっと指で摘み、自分で創り出した明かりにかざす。確かにそれは銀の花の種だった。

「これで、七つ目……」

「やったね、リン」

「ああ」

 晶穂の言葉を受けて肩の力を抜いたリンは、いつものように種をバングルの石へと近付ける。すると石と種が共鳴し、種は吸い込まれた。

 これで後は迷宮の外へ出るだけだ。一旦戻ろうとなり、一行は宝物庫の入口へと向かう。しかし、最初に到着したユーギが戸惑った声を上げた。

「だ、団長!」

「どうした、ユーギ?」

「大変だよ。扉がない!」

「!?」

 驚き駆け寄ると、確かに扉は影も形もない。他に出られそうな場所はないかと全員で探すが、五分後に何もないことが明らかになった。

 青い顔をして、春直がポツリと言う。

「どうしましょうか……出られないと、次の場所にも行けない」

「ここに来るにも合言葉が必要だったんだ。アルシナさん、ジュングさん。宝物庫に閉じ込められた時の脱出方法とかは伝わっていませんか?」

 唯文がアルシナたちに尋ねるが、二人は顔を見合わせ首を横に振った。

「残念ながら……」

「ここに入ったという記録そのものがないから、出方は伝わっていない……少なくとも、僕と姉さんは知らないんだ」

「マジか」

 言葉を失う唯文だが、それくらいのことでは諦めない。春直、ユキ、ユーギと共に宝物庫を隅々まで探すことにした。

「入る方法があるなら、出る方法もあるはずだよね。克臣、わたしたちも探すよ」

「だな。空気はあるし、穴くらいはありそうだ。脆い場所を見付けて崩してもいいしな」

「……克臣、ここが地下だってことは忘れないでくれよ?」

 克臣のとんでもない提案に肩を竦め、ジェイスは魔力の流れを探りながら鍵となる何かを探す。

 一方リンは種を得たことでほっとしながらも、宝物庫から出る方法を考えていた。アヴァランシアに関する何かが聞こえないかと耳を澄ますが、そう都合良くはいかない。

「アヴァランシア、教えてくれ。貴方が創り出したこの空間から、俺たちはどうやって出たら良い?」

 頼めど、その声が届くわけもない。リンは息を付きそうになるのをぐっと堪え、迷宮の守護の気配を探す。

「これも試練なら、守護が何処かで見ているはずだ」

「リン、一つ思ったんだけど……」

「どうした、晶穂?」

 リンが先を促すと、晶穂は「あのね」と言葉を続けた。

「ずっと、魔力みたいなものに覆われている気がするんだ。迷宮でも、ここでも」

「覆われている……守護の気配にってことか?」

「わからない。だけど、この空間で一番強いのは守護だから。もしかしたら、迷宮自体が守護なんじゃないかって思ったの」

「迷宮自体が……」

 荒唐無稽でしょ。そう言って、晶穂は微苦笑を浮かべる。

「もしも迷宮自体が守護だったとしても、試練を乗り越えて外に出ないといけないことに変わりはないから。何のヒントにもならないけど」

「いや、そうでもないぞ」

「え?」

 目を瞬かせた晶穂の頭を撫で、リンは天井へと目を向ける。そして、バングルをつけた左手の拳を突き上げた。

「いるんだろ、魂として。――アヴァランシア!」

「始祖様が!?」

 リンが見上げる場所が不自然に揺らぎ、何かがぼんやりと姿を見せる。全員がその揺らぎに注目する中、ふわりと柔らかな光の玉が現れた。そして、点滅しながらゆっくりとリンの目の前まで下りてくる。

『よくわかったね、種を求める者よ』

「貴方がアヴァランシア?」

『魂だけで申し訳ないけれど』

 苦笑したらしい光の玉は、確かに自分はアヴァランシアだと名乗った。

『よくここまで辿り着いたね、未来の子どもたち』

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