第652話 扉を開ける呪文
「リンッ!」
力を使い果たし、リンは落下しかけた。彼の体を支え抱きとめたジェイスは、共にいたユキに「ドラゴンもどきは?」と尋ねた。
「何処にいるかわかるかい?」
「土煙が凄くて、上からも視界は悪いですね。……あ、あれかな」
ユキが指示したのは、最も土煙の激しく深い場所。その中で大きな影が動くのを見て、ジェイスは流石にぎょっとした。
「あれだけの攻撃を食らって、まだ動けるのか?」
「だとしたら、もう一発お見舞いしないとですね」
鼻息荒いユキだが、額を流れる汗を手の甲で拭った。まとう氷の気が熱を帯び、彼もギリギリなのだと知らせてくれる。
その時、ジェイスの腕の中でリンが身じろぎした。
「やめろ、ユキ」
「兄さん」
「リン、無理するな」
「大丈夫です」
重たげな瞼を上げ、リンはユキに向かって困ったように微笑んだ。それから、ゆっくりと右腕を上げて「見てみろ」と地上を指差す。
「何を……あ」
ゆらりと立ち上がったドラゴンもどきの影に気付き、克臣たちも気を引き締め直した。いつでも来いと鼻息荒いユーギ、そして他のメンバーもそれぞれに得物を手にしている。
しかしドラゴンもどきは四つ足で立ち上がったものの、全く動かない。土煙の中、巨体がゆっくりと傾いでいく。そして、ドサリとうつ伏せに倒れて本当に動かなくなった。
「おわ……った?」
「そういうことみたいだね」
ほっと胸を撫で下ろすジェイスは、ユキを伴い着地する。そこへ、晶穂が駆け寄って来た。
「ジェイスさん!」
「やあ、晶穂。少し手伝ってくれるかい?」
「はい」
晶穂の手を借りてリンを壁に寄りかからせていると、ジェイスの耳に近くで勝利を喜ぶ年少組の楽しげな会話が聞こえてきた。
「やったぁ!」
「一時はどうなるかと思った……」
「あと少しだな」
「アルシナさん、ジュング。この後のことってわかる?」
「えっとね……」
ユーギに問われ、アルシナは言葉に詰まる。どう答えるべきかと逡巡していると、ふと幼い頃に聞いたヴェルドの言葉が蘇った。
「……『鍵は、言葉。言葉は鍵となる』」
「どういうこと?」
首を傾げるユーギに応じたのは、気を失っていたリンだった。
「……あれだろ、先に教えてくれていた」
「リン、起きたのか」
「リン、大丈夫?」
支えてくれたジェイスに礼を言い、晶穂には「大丈夫だ」と軽く手を振る。彼女の手を借り、リンは立ち上がって倒れて消えかけているドラゴンもどきを振り返った。呼吸を整え、口を開く。
「――『我は竜と人との子、アヴァランシア。扉の鍵は我が名である』」
それは、厳かな呪文。内容を知っていた晶穂とジュングは兎も角、他のメンバーは皆目を見張った。
「あ、アヴァランシア?」
「そう。それが、竜人の祖の名前。名前が宝物庫を開けるための鍵になっているんだって聞いていたから」
ユキの疑問に答えたアルシナは、じっと変化を待った。すると、突然迷宮全体が振動を始める。前触れもなかったため、皆驚き軽いパニックに陥った。
「きゃっ」
「わっ!」
「何これ」
「揺れている……?」
「みんな、姿勢を低くしろよ」
「転ばないように気をつけて!」
克臣とジェイスの檄が飛び、メンバーたちはそれぞれに体を屈めて耐え忍ぶ。幸い、上から何かが降ってくるということもなく、数分後には揺れは収まった。
最初に顔を上げた克臣が、立ち上がりながら皆に声をかける。
「みんな、平気か?」
「大丈夫だよ、克臣さん」
「こっちも全員無事」
ユキたち年少組とジェイスと竜人姉弟、ジスターも立ち上がる。更に、リンと晶穂も支え合って立った。
咄嗟に晶穂の体を抱き締めていたリンは、顔を真っ赤にしながら彼女を離す。それは守られていた晶穂も同様で、視線を彷徨わせて何かに気付く。
「あ……」
「どうした、あき……」
それ以上の言葉を呑み込み、リンはそれをじっと見詰めた。
「……扉が」
ドラゴンもどきが倒れていた場所に、大きな扉が出現していた。勿論、ドラゴンもどきの姿はない。ユーギが扉の反対側に回るが、ただ同様の扉があるにすぎず、部屋がるわけではなかった。
「これ、宝物庫の扉なのかな?」
「わからない。わからないが、そう考えるのが自然だろうな」
油断するなよ。ジスターに言われ、リンは頷きごくんと喉を鳴らしてからドアノブを握った。回すと、素直に回って扉が開く。
「……何も、出ないな?」
「はい」
ギギッという古めかしい音を響かせ、扉が開く。するとその向こうには、暗い道が続いていた。扉を開け放った先をリンの横から身を乗り出して覗いたユキが、右手を額に当てて遠くを眺めるように見詰める。
「暗いね。照明はない感じかな」
「まあ、俺の力で明かりくらいは」
リンは指を鳴らすと、手のひらサイズの光の塊を創り出した。使える魔力は枯渇しかけているが、これくらいならば造作もない。
「……行こう」
リンを先頭に、一行は足元を確かめながら歩いて行く。暗い道は狭く、人一人が歩く幅しかない。
慎重に歩を進めていた彼らは、やがて一層暗い場所へと至る。それが地下へと繋がる階段だとわかり、一歩ずつ降りて行く。
「何処まで続くんだ、この階段は」
トントントントン。五分程降り続け、再び平らな道へと変わる。
またしばらく進んで行くと、ぼんやりと通路の終着点が見えてきた。立ち止まれば、目の前に古めかしい扉がある。
「ここ、かな」
「だと思う。団長、開けてみて」
「ああ」
アルシナの言葉に背中を押され、リンはゆっくりと扉を開けた。すると突然光が視界を覆い、皆思わず目を瞑った。
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