第651話 ドラゴンもどき討伐

 真っ白な体とは違い、口の中は真っ赤だ。ドラゴンもどきの口腔へ向けて斬撃を放ったリンは、わずかにのけぞったドラゴンもどきが体勢を立て直す前にともう一度剣を握り直す。

「団長!」

 春直が操血術でドラゴンもどきの口を開けられないようがんじがらめにし、援護してくれる。更にユキが足元を凍らせ、動きを封じた。

 周囲はアルシナが炎の柱で固め、その向こうにはユーギと唯文、そして晶穂が控えている。ドラゴンもどきに逃げる意思はないだろうが、誰一人として逃がす気はない。

「――っ」

 リンは春直たちの期待に応え、地を蹴って再度斬撃を繰り出す。同時に克臣も別の方向から力の加減を知らない一太刀を浴びせにかかり、斬撃に挟まれたドラゴンもどきから土煙が上がった。

「どうだ!」

 今にも勝ち名乗りを上げそうだった克臣だが、ジェイスに「油断するなよ」と一声かけられ顔を引き締める。

「わたしたちも何度も『これでいける』と思ったけど、その期待は裏切られ続けているからね」

「ジェイスですらって、こいつバケモンかよ」

 顔を引きつらせる克臣の目の前で、ドラゴンもどきが操血術を引きちぎって立ち上がる。ユキの氷も割れ、破片が空中に消えた。

「もう一度っ」

「ユキ、手伝う」

 ジスタ―が阿形と吽形と共に前に出て、四つ足で突進してくるドラゴンもどきを迎え撃つ。渦潮となった二頭が宙を駆けると、それを目で追うもどきの視線がユキから外れた。

 その隙に、ユキは氷の弾丸を構える。バレーボールのトスをするように、弾丸を宙へと投げ上げた。

 丁度良いタイミングで、超音波から回復した唯文が戦いの表舞台へと駆けて来る。彼に気付いたユキは、ピンッと良いことを思い付いて振り返った。

「唯文兄!」

「ああ」

 犬人の脚力は、狼人に負けず劣らずだ。唯文はジャンプして体をひねると、渾身の力でキックを放った。

「おらあぁぁっ」

 氷の塊は高速で飛び、ドラゴンもどきの眉間へとクリーンヒットする。もどきは叫びはしないが、超音波のような高音を発して抵抗を試みた。

「ぐっ」

「ああもうっ、この声嫌い!」

「うっ」

 耳の良い獣人である唯文とユーギ、そして春直には効果抜群で、すぐには動けない。それを知りはしないだろうが、ドラゴンもどきは操血術から逃れてドタドタと突進して来る。もどきの進行方向には、アルシナとジュングの姉弟がいた。

「――っ」

「でか!」

 思わず体をこわばらせるアルシナと、姉を守ろうと前に立ち塞がるジュング。容赦なく突き進むもどきを前に、確実に攻撃を与えられる術を持ち合わせていない。何故ならば、アルシナの力は今、この空間を封鎖することに使われているからだ。

 剣を握り締め、いつでも斬り込む覚悟のあるジュング。しかし彼の前に、白銀の髪が揺らめく。

「お前っ」

「アルシナを頼むよ、ジュング」

 ジェイスはそう呟くと、思い切り引き絞った弓から五本の矢を放つ。

 一本は真っ直ぐに飛び、もどきに叩き落された。しかし他は真っ直ぐは飛ばず、迂回して左右斜めから獲物を狙う。

「ぼくも!」

 ジェイスに影響を受けて自らも弓矢を始めたユキは、その手に氷で作られた弓矢を握る。自らの力で作った氷の柱の上に立ち、上部からドラゴンもどきを狙う。

「ユキ」

 更に氷を強化するため、ジスターが己の魔力を貸す。つがえられた矢はその氷を増幅させ、竜の顔面のようにいかつく変化する。

「いっけぇ!」

 ドシュッ。放たれた氷の矢は、ジェイスの矢と共にドラゴンもどきへと殺到した。もともと魔力の強さで銀の華において一、二を争う二人の合体技だ。ドラゴンもどきといえども、完全に防ぐのは難しい。

 美しい氷の粒が弾けるのを眺めていたジュングは、ハッと我に返った。

「効いてる!?」

 ドラゴンもどきの右腕の付け根に、氷と気の矢が一本ずつ同じ場所に突き刺さっている。それを見たジュングの声に、リンは「今しかない」と精一杯の魔力を剣へと込めた。更にもどきの声から回復した春直に声をかける。

「春直、力を貸してくれ!」

「はいっ」

 元気に返事をした春直はすぐさま操血術を展開し、大口を開けてリンを噛み砕こうとするもどきの顔を捕らえる。消耗もあって完璧とはいかないが、それで十分だった。

「――リンッ」

 晶穂の祈るような声が耳に届き、リンは魔力が剣から溢れるほど膨らむのを感じた。そのまま、漆黒の翼を広げて飛び上がる。

 しっかりとドラゴンもどきと目が合い、その感情のない真っ白な瞳を睨み付けた。試練を与える守護がもどきなのかはわからないが、視線をずっと感じている。その視線の主に向かって、俺たちは必ず目的を達すると宣言する意味を込めて。

「はあぁぁぁぁぁぁっ!」

 目を開けていられないほどの閃光が輝き、斬撃と共に放たれた。真正面から光を受け止めたドラゴンもどきが踏ん張り、リンも力を解放させ続ける。

「――っ」

 押し負けそうになった時、白と黒の羽が視界の端をかすめた。白い翼はジェイス、そして黒い翼はユキだ。

「ジェイスさん、ユキ……」

「飛べるのはぼくらだけだからね」

「さあ、仕上げにかかろうか。リン」

「――はい」

 二人の魔力が、リンの背中を押す。心を奮い立たせ、リンはもう一度剣を握り締めた。

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