第650話 大部屋のドラゴンもどき

「僕が姉さんの魔力の波動を感じ取って、道案内をする。何度か強くなる瞬間があったから、そちらの方へ行けば合流出来るんじゃないかな?」

 ジュングの提案は、この時点での最良と思えた。

 リンたちは前方と後方どちらにも警戒役を置き、ジュングを先頭に歩き出す。前はリンとジスター、後ろは克臣、真ん中を年少組と晶穂という構成だ。

 合流すべきメンバーは、ジェイスとアルシナ、ユキと春直だ。ジュングの予想通りにあの揺れがアルシナに関するものだとすると、出来るだけ早く合流すべきかと思われた。

「次を右だ」

「わかった」

 リンたちは、それぞれが進んできた道とはまた別の進路を取った。迷いなく進むジュングについて歩きながら、リンの思考は竜人の祖が残したという宝物庫の場所へと移る。

(竜人の宝物庫、か。この迷宮の何処に入口があるんだ……?)

 今まで通ってきた道を思い出しても、それらしいツギハギや穴はなかった。隠され気配も消されていると考えれば、容易に見付けられないだろう。

 深い思考に落ちていたリンは、突然目の前に現れた水の塊に顔を突っ込み、あわてて身を引いた。

「……なっ」

 目の前で、人の顔の大きさ程ある大きな水滴は、すぐに阿形へと姿を変えた。ため息を聞き振り向けば、ジスターが眉間にしわを寄せている。

「阿形、いたずらはやめろ。すまない、リン」

「阿形だったのか。大丈夫、驚いただけだ」

 顔を近付けてきた阿形の頭を撫でてやり、リンは袖で顔を拭う。一瞬シャツを引き上げて拭うことも考えたが、体中の痣を考慮し思い留まった。

「阿形、こっちにおいでよ」

 ユーギに呼ばれ、魔獣は気軽に移動していく。いつの間にか、ジスターより先に魔獣の方が仲良くなってしまったらしい。

「まあ、いいけどな」

 肩を竦め、ジスターはジュングを見失わないようにと前を向く。

 ジスターの隣を歩きながら、リンは彼の変化を感じ取っていた。以前の彼ならば、こうやって皆と共に歩くことも躊躇っていただろう。

「ジスター」

「何だ、リン?」

 目を瞬かせるジスターに、リンは笑いかけた。

「必ず、銀の華に入ってよかったと思わせるから覚悟しとけ」

「何だそれ。そんなのとっくに……」

 前方からの気配を感じ取り、ジスターは言葉を切った。それはリンを始めとした全員がそうで、緊張感が場を満たす。

「ジュング」

「姉さんたちの気配が近い。それと同じくらい……別の魔力の気配が強い」

「守護の登場か?」

 後ろには何もいないぞ、と克臣が大剣を肩に担いで笑う。

 この迷宮において、背後から襲われることは今までなかった。おそらく、今後もない。リンはそう判断し、克臣を前に呼んだ。ただし、後方を疎かにするつもりはない。

「唯文、ユーギ、頼んだ」

「はい」

「任せて」

 唯文とユーギが胸に拳を当てて頷くのを見て、リンは最初に曲がり角を曲がった。彼の目の前に広がったのは、アルマジロを相手にした時よりも広い部屋。そして、その中で何かを相手に暴れる四つ足の大きな影が見えた。

「――っ、ジェイスさん!」

「リン」

 四つ足のそれは、所謂ドラゴンやワニに似ていた。それを相手にしていた白髪の背中に、リンは思わず叫ぶ。彼の声に振り返ったジェイスは、リンたちを見てふっと笑った。

「少し待っていてくれ。こいつを倒せば、おそらく宝物庫への道が開ける」

「何でそれを……。そうか、アルシナ」

「そういうこと!」

 アルシナもまた、ジェイスたちと共に戦いに身を投じていた。今まで戦う力を持たなかったが、彼女は現在手ずから炎を操っている。

 姉の操る力の波動からある人物の気配を感じ、ジュングが息を呑む。

「姉さん、その力はもしかして……」

「ジュングも気付くよね。あのね、義父さんが貸してくれたんだ」

「貸す……?」

 どういう意味か。それを問う前に、アルシナたちが相手をしていたドラゴンのようなものが雄叫びを上げる

「――っ」

「空気が、振動してる」

 ビリビリと震える空気におののき、ユーギと唯文が身を寄せ合う。獣人である二人にとって、直に耳に響くそれは耐え難いのだ。

 晶穂は二人を背中から抱き締め、部屋の中からの遠距離攻撃から守ろうと試みる。そして、室内に残り二人の年少組を見付けてきゅっと顔をしかめた。

「春直、ユキ……!」

「オレたちも行こう、リン」

 前に出たジスターが、二頭の魔獣と共にリンの隣に立つ。克臣もすぐさま飛び込めると言うように大剣を構えた。

「あの大きさ、何人で相手をしても簡単じゃないと思う」

 ジュングもそう言って、腰にいていた剣を抜く。

 広い通路の先に、更に広い部屋が口を開けている。その部屋からは出られないのか、こちらの存在を認識しているドラゴンもどきが攻撃を加えるのはジェイスたちのみ。

 リンは自らも剣を構え、晶穂を振り返った。

「晶穂、ユーギと唯文を頼んで良いか?」

「うん。……勝ってね」

「ああ」

 一度頷き、もう振り返らない。リンを先頭に、克臣とジスター、ジュングが部屋の中へと飛び込んだ。

「ジェイスさん!」

「やはり来たね、リン。三人も、頼りにしてるよ」

 ジェイスが笑いながら弓を引き絞り、そこにユキの魔力が加わって強力な矢が放たれる。しかし、ドラゴンもどきの皮膚はうろこでおおわれて固い。唸り声をあげたドラゴンもどきは、突然現れたリンに向かって突進してきた。

「来いよ。宝物庫を見付け出し、種を手に入れてみせる!」

 大口を開けるドラゴンもどきに対し、リンは至近距離からの斬撃を見舞った。

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