第649話 獣たちは呼び合う

 一方、克臣たちは出口の見えない迷宮に軽く飽いていた。特に克臣は「壁壊せないか?」などと呟き、唯文たちを焦らせる。

 ユーギはジスターに気になっていたことを聞いてみることにした。彼の前に回り込み、爪先立ちする。

「そ、そういえばジスターさん」

「何だ、ユーギ?」

「吽形が団長たちと一緒にいるのなら、呼び戻すことは出来ないかな? もしくは、居場所とそこまでの行き方がわかればって思ったんだけど呼び戻すかぼくらが行くことが出来るのなら、団長たちと合流出来るし」

「……それもそうだな。やってみよう」

 立ち止まり、ジスターは阿形を顕現させた。その上で目を閉じ、両手のひらを前へと突き出す。阿形が彼を見上げ、ぴくりと耳を動かした。

「――阿形。何処にいる? 」

 探れば、阿形は思った以上に遠くにいるようだった。そこまでの道筋に、壁はない。少々時間はかかりそうだが、合流することは出来そうだった。

「どうだった、ジスターさん」

 不安そうに首を傾げるユーギに、ジスターは「ああ」と応じた。

「少し距離はあるが、合流出来ないこともないな。克臣さん」

「おう、だったら俺たちから行こう。……阿形って喋れたっけ?」

「え? 喋れませんが」

「だよなぁ」

 ガシガシと後頭部を掻く克臣に理由を尋ねれば、彼は「だってさ」と肩を竦める。

「俺たちは良いとして、リンたちにあまり動くなって伝える手段がないだろ。阿形が話せるなら伝えてもらうことも出来るが、そうもいかないしな」

「あ……」

「それもそうだな」

 ふむ、と考え込んでしまったユーギとジスター。そこで、唯文が何かを思いついた顔で手を挙げた。

「あの、こういうのはどうでしょうか?」

 そう言って唯文が提案したことに、克臣たち三人は感心して賛成した。


 それから少しして、リンは阿形の様子が少しおかしいことに気付いた。そわそわとして、何故か落ち着きがない。

「どうかしたのか、阿形?」

 尋ねてみるが、人語を解しても話せない魔獣である阿形は返事をしない。リンが阿形に話しかけていることに気付いた晶穂が、首を傾げて近付いて来た。ジュングもこちらを気にしている。

「何かあったの、リン?」

「いや、阿形がそわそわしている気がして」

「そわそわ……。どうしたの、阿形?」

 晶穂も膝を折り、阿形と視線を合わせてみる。

 阿形はじーっと晶穂の顔を見つめてから、くるっと後ろを向いた。ふよふよと浮かんで宙を歩き、後方の通路へと進んで行く。曲がり角でちらりと三人を振り返り、しっぽを振った。

「ついて来いって?」

「そうみたい?」

「行ってみよう」

 三人が駆け出すと、阿形は進む速さを上げた。一つ二つと角を曲がり、通路が分かれていても迷わず進む。何処か目的地があるのかとリンは考えながら駆けていたが、進行方向からも複数の足音が聞こえてきた。

(誰か、近付いてる?)

 不思議と嫌な感じはしない。晶穂とジュングからも何も発しないとなると、彼女らも不思議に思っているのだろう。

「阿形、誰が……」

 先を駆ける阿形に問うのとほぼ同時に、曲がり角を走って来た相手とぶつかりそうになって急ブレーキをかけた。危うかったと思う間もなく、リンは二人を守るために剣を抜く。

「待った」

「え? ……克臣さん、どうして」

「どうしてって、吽形を追って来たに決まってんだろ?」

 刃を向けられ苦笑していたのは、合流したいと思っていたリンの兄貴分の一人である克臣だった。彼の後ろから、ユーギと唯文、そして阿形と吽形を従えたジスタ―が姿を見せる。

 ユーギがぶんぶんと左手を振り、春直も嬉しそうにしっぽを振った。

「団長!」

「晶穂さんもジスターさんも、ご無事で何よりです」

「ユーギ、唯文もよかった。無事……じゃないね」

「あっ」

 しまった、という顔をしても遅い。ユーギは右腕の怪我を隠そうとしたが、晶穂にそっと手を取られて諦めた。無理矢理確認しないのは、晶穂の優しい性格故だ。

 晶穂は唯文が応急処置をしたという怪我を見て、眉を寄せる。吽形の水で綺麗に洗われたお蔭で、傷口は綺麗だ。これならば、素直に塞がるだろうと安堵した。

「ユーギ、大怪我にならなくてよかったね。唯文も、ジスターさんもありがとう」

「ユキヒョウに突っ込んで行くんだもん。大怪我にならなくてよかったです」

「オレより、吽形がよくやってくれたよ」

 主であるジスターに褒められ、吽形は嬉しそうにしっぽを振った。それを見て、阿形が「自分も」という風に胸を張る。

「阿形が来なかったら、こっちは危なかった。助かったよ、阿形」

 リンに褒められ、まんざらでもないといった顔で阿形は鼻を鳴らす。それぞれに明確な表情の変化はないが、付き合いの長くなりつつあるリンたちには何となく二頭が喜んでいる雰囲気を察することが出来た。

「ユーギ、動かないでね」

 そう言って、晶穂はユーギの二の腕に癒しの魔力を使う。傷をなくすことは出来ないが、痛みを取り除くことは出来る。

 大人しく晶穂に手当てされたユーギは、痛みがほとんどなくなった腕をぐるんっと回して微笑んだ。

「ありがとう、晶穂さん」

「どういたしまして」

 膝をついていた晶穂は立ち上がり、情報交換をしていたリンと克臣、ジュング、ジスターたちを振り返った。

「ジェイスさんたちとは、どうやって合流しましょうか?」

「それが最大の問題だよな。魔力の波動を探す手もあるが……」

 どれだけ双方の距離が離れているかわからない。下手に魔力を消費すれば、宝物庫を探し当てることも難しい可能性がある。魔獣をつかってはどうかという意見も出たが、ジスターが首を横に振った。

「何処まで広がっているのかわからない迷宮で、二頭を放つのは難しい。見当違いの方向を探せば、何時間も彷徨う危険性がある。やってみる価値がないとは言わないが……」

「だったら、僕に任せてくれないか?」

「ジュング」

 リンが名を呼ぶと、ジュングは頷き自分の作戦を口にした。

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