第648話 迷宮の宝物庫
リンたちがアルマジロを、克臣たちがユキヒョウを倒して先に進んでいた頃、ジェイスたちのグループもまた先へ進んでいた。静かな迷宮内に、自分たちの足音だけが響き渡る。同じ空間にリンや克臣たちもいるはずだが、一向に合流出来る気配がない。
「この迷路、どこまで続いているんだろ? かなり歩いていると思うけど」
「何か指示があるわけでも、
ユキと春直が言い合い、先を歩くジェイスに「どうですか?」と尋ねる。
ジェイスは注意を周囲に向けつつ、隣のアルシナを気遣いながら歩いていた。後ろからの問いかけに対し、振り返って肩を竦める。
「先に何かめぼしいものは見えないな。唯文の言う通り、目印みたいなものがあれば良いんだけど。……アルシナ、廟と迷路について何か伝え聞いていることはないかい?」
「そう、だね……。あるか、思い出してみる」
「頼むよ」
考え始めたアルシナを横目に、ジェイスは何とかしてリンやジスターの魔力の気配を感じ取れないかと神経を研ぎ澄ませる。一行の中で魔力を持つのは、リン、晶穂、ジュング、ジスター、ジェイス、そしてユキだ。三つのグループに分かれてしまった今、それぞれの中で最も力の強い者か感じ慣れた者の力ならば追えるだろうという結論だ。
「……駄目か。何か、大きな力が魔力の気配を阻んでいるみたいだな」
幾つもの透明な壁に阻まれる、そんな感覚を覚える。ジェイスは裏技を諦め、正攻法で迷路からの脱出を図る考えへシフトすべきかと思い始めた。
その時、アルシナが「あ」と声を上げる。考え事をしていたジェイスよりも先に、ユキが彼女に話しかけた。
「どうかしたの、アルシナさん?」
「あのね、昔義父さんが話してくれたことを思い出したの。数回、しかも寝ぼけながら聞いた記憶しかないから、確かなものではないんだけど」
「それでも良い。覚えている限りで良いから教えてくれないか、アルシナ」
「――はい。リン団長を助けないとだもんね」
真剣な表情のジェイスに、アルシナも真面目な顔をして頷く。
アルシナが話しやすいように、と四人は幾つかの岩が点在している場所で座ることにした。三人に見詰められ、アルシナはわずかに逡巡する。けれど、意を決して話し始めた。
同じ頃、ジュングもまた同様の話を思い出したとリンと晶穂を呼び止めていた。
「ヴェルドさんが?」
「ああ。とはいえ、子どもの頃に聞いたものだ。なかなか眠らない僕らに義父さんが話してくれたやつだから、真偽のほどは不明。それでも?」
「今は、一つでも手掛かりが欲しい。頼む」
「――っ。わかってる」
真摯に頼むリンの態度に面食らいながらも、ジュングは枕もとでヴェルドが話してくれた物語を語り始めた。必要なところ以外は端折るぞ、と前置きをして。
「……昔々、竜人の祖と呼ばれた男がいた。彼は魔種とも人間とも獣人とも違っていたが、彼自身の誠意と努力でゆっくりと時をかけて人々と仲良くなっていった」
竜人は他の種族と時間の流れが違い、長命でなかなか老いない。そのせいもあって気味悪がられたこともあったが、正しく彼自身を見てくれる人々もいた。
そうして周囲の世代が交代していく中、竜人の祖が寂しくないようにと彼のための廟を作ろうという話が持ち上がる。最初固辞していた祖も、周囲の熱意に負ける形で了承した。
「そして、出来上がった廟をねぐらにして人々との交流を続けた。ここまでは、前に話したことがあったよな」
「そうだね、ジュング。今回は、その先のお話なのかな?」
「そう。廟が造られて、何十年も経ってからのことらしい」
晶穂に頷いて見せ、ジュングの話は続く。
多くの人々が廟を訪れるようになってからしばらくして、大工の男が面白半分に提案した。この廟の地下に、大きな遊び場を造らないか、と。
子どもも大人も楽しめる、大きな遊び場を。大工の男は冗談のつもりだったが、竜人の祖はそれを了承し、実現することになる。
遊び場は様々な人の意見を取り入れた結果迷宮に決まり、何世代もかけて巨大な地下迷宮が姿を現した。
迷宮完成の式典で、ある子どもが祖に問う。迷宮から見事脱出した者への褒美はあるのか、と。
子どもの問に対し、祖は「ある」と答えた。彼が以前手に入れたという、この世界を支える大切なものを景品として置いておくと。
「世界を支える」
「大切なもの……」
「それは、地下迷宮の更に地下の宝物庫に収められたらしい。けれど何世代にもわたって建造された迷宮を、今まで誰一人として突破した者はいないんだ。だから、その大切なものが何なのか、知る者はいない」
「もしかしたら、その竜人の祖が残した大切なものが」
「花の種かもしれないということか」
ジュングの話は、途方もないものだ。実際、難し過ぎて幼い姉弟は最後まで聞くことなく眠ってしまった。しかし後年、成長してからもう一度ヴェルドが話して聞かせてくれたという。
リンは
「どうにかして、最短距離で出口まで行かないとな」
「そうだ。先に教えておくことがある」
「教えておくこと?」
「そう。宝物庫で、祖が残した大切なものを取り出す時の合言葉だ」
ジュングがある一文をリンに教え、リンは頷いた。
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