第647話 脱出のカギを握るのは
時間差があり、リンたちは揺れを感じて立ち止まった。リンは爆発音の聞こえたことで、ぐるりと周りを見回す。
「……揺れた?」
「さっきは爆発音も聞こえたし、誰かが魔力を爆発させでもしたかもしれないね?」
「誰だ? ジェイスさんかユキか……」
「いや、たぶんあれは姉さんだ」
リンと晶穂が言い合う中、ジュングが腕を組んで応じた。
ジュングによれば、竜人も魔種も魔力の気配はあまり変わらないらしい。違うのは、魔力のベクトルのみだ。
「アルシナが?」
「あの人は、魔力とかそういうものとは無縁かと思っていたが……弟のジュングが言うならそうなんだろうな」
「ああ。それと、義父さんの気配も一緒に感じる」
「ヴェルドさん? でもあの人はまだ……」
晶穂が言葉を詰まらせ、ジュングは「そう」と頷いた。ヴェルドはまだ、眠りから目覚めていないはずなのだから。
リンもわかっていたが、ジュングの感覚がおかしいとも思えない。百聞は一見に如かずだと笑った。
「それでも気配がしたなら、何かしらの変化があったんだと思う。それを確かめるためにも」
「ここを突破しないと、だな」
ジュングはぐるっと迷路を見渡し、肩を竦める。
「ここの規模も、他の奴らが何処にいるかも把握は出来なさそうだな。魔力の気配みたいなものが濃すぎて、姉さんすらさっき以外はわからない」
「迷路というか、もう迷宮の域だね」
先の見えない通路に、晶穂は苦笑をにじませる。ただ、ここで「もう止めよう」という者はここにはいない。
「進もう。きっと、この瞬間も守護がわたしたちを見定めてる」
「ああ。幸い、ああやって敵と遭遇するのは部屋の中でだけなんだろう。ここまで歩いてきたが、何もいなかった」
アルマジロと戦ってしばらく、三人は迷宮を歩き続けている。仲間たちの気配を感じないのは少々不安だが、歩みを止めるわけにはいかない。
進み始めてどれくらい経っただろうか。ふとした瞬間に、リンの脳裏に見えたものがある。
「……何か、迷宮を終わらせる鍵があると思う。見付けられれば、すぐにでも出られる」
「それは、種?」
「明確な形まではわからない。ただ、ここまで来いという意思だけを感じた」
「だったら、それを探そう。リン団長、あんたの呪いを解くためにもな」
ジュングが言い、前を向いた。目を凝らせば、先に上へ行く階段があるのが見えた。その短い階段の先にも通路は続いているらしい。
三人は更に進み、再び大きな部屋の前へとたどり着いた。
同じ頃、克臣を先頭に行くメンバーも通路にいた。ユーギが二の腕に大きな切り傷を作った他は、皆それ程大きな怪我はない。
唯文が持っていたハンカチで傷を多い、血止めをする。ギュッと力を入れて結び目を作り、軽く息を吐く。
「全く、勢いに乗り過ぎだ」
「痛っ。ごめん、ありがとう、唯文兄。結構血が出るからびっくりした」
「本当に……。ジスターさんがいて傷口を洗えたから良かったようなものの、雑菌が入ったら治りが遅くなるんだからな」
「うん、わかってる。次は気を付けるよ」
ユーギの狼の耳がしゅんと垂れ、しっぽもだらりとしてしまう。それが本心から悪かったと感じている証だと知っているから、唯文もそれ以上追及することはない。
「おれは、仲間を誰も失いたくないからな」
「そうだね、唯文。……春直も同じこといい葬儀」
春直は銀の華に所属する以前、ある事件で周りにいた人々を全て喪った。その経験があるから、人の命に関係することには人一倍敏感だ。
春直の名を聞き、唯文は肩を竦めて「本当にな」と息を吐く。
ユーギはもう一度「ごめんね」と言う。唯文も頷いて、この話は終わりになった。
手を繋いで前を歩き出す年少組を眺め、ジスターはわずかに足取りを遅くした。それに気付いた克臣が、振り向きざまに問いかける。
「……」
「どうした、ジスター?」
「いえ。……オレは何も知らないですけど、銀の華には色んな経験をしたメンバーがいるんですね」
「そうだな。その中でも俺は、平々凡々な部類だよ」
クッと笑い、克臣は大股で歩き出す。彼について行くジスターは、ユキヒョウとの戦いをふと思い出していた。
ユキヒョウの真正面に蹴りを入れたユーギは、意表を突いて鼻っ柱を蹴り飛ばすことに成功する。しかし、瞬時に体勢を立て直したユキヒョウの前足で引っかかれ、深手は負わなかったものの左の二の腕に大きな傷を作ってしまった。
「いっ……!」
「ユーギに何をするんだ!」
鮮血が飛ぶとほぼ同時に、唯文が
足を失い自由を封じられたユキヒョウはいら立ち、早速ボコボコと四肢を復活させようと試みた。しかし唯文の斬撃が繰り返し放たれ、ばたつかせることすらも封じられてしまう。
「……おれの友だちを傷付けて、無事で済むと思わないよな」
「唯文、俺が叩く。相手の自由は奪い続けろ。出来るな?」
「はい」
「良い返事だ」
とんっと唯文の肩を叩くと、克臣は助走をつけて跳んだ。足がなく動きを封じられたユキヒョウの上を取ると、勢いそのままに大剣を振り下ろした。
「……終わったな」
ユーギの傷を阿形を構成する水で洗っていたジスターは、真っ二つになるユキヒョウを眺めながら呟いた。ユーギもまた、大人しく阿形に頬を舐められながら戦いの結末を眺めている。
二つに切られたと同時に淡い色の光の粒となって消えてしまったユキヒョウを見上げ、克臣は「よし」と息をつく。
「ここでの戦いは勝ちだな。次行くぞ、お前ら」
「その前に、ユーギの傷の手当てしないと」
唯文がそう言って、部屋の外の通路でユーギの二の腕を手当てし始めたのだ。
(もっと彼らのことを知らないとな。オレに生きる理由をくれた彼らと、これからも一緒にいてみたい)
途中で見付けた階段を上って、ユーギと唯文こちらに手を振る。彼らに笑みを浮かべて応じたジスターと克臣は、少し歩くスピードを速めた。
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