第646話 力を借りて
同じ頃、隠れ里のアルシナとジュングの家で、ニーザが眠ったままのヴェルドの世話をしていた。世話と言っても、目覚めない彼が息をしているのかの確認と、水を少し飲ませる程度のこと。
今回もいつもと同じように、綿に含ませた水でヴェルドの唇を湿らせる。
「全く……。あんたの娘と息子、あんたを目覚めさせるために頑張ってるよ? 今は友だちのために一生懸命だがね。……あんたの力、貸してやることは出来ないのかい?」
「……」
当然、眠っているヴェルドが答えるとは思っていない。それでも話しかけてしまうのは、ニーザが心の何処かで期待しているからだろう。
(わしが生きている間に、あんたと子どもたちの揃った姿を見せておくれよ)
以前、竜化国の政府の思惑により、竜人という特別な一族を隠し守ってきた隠れ里は襲われた。何人もが怪我をし、複数の人々が抵抗した罪で投獄されていく。その凄惨な場面に行き合い、ヴェルドは己の竜人の力で里と共に侵略者の軍隊を壊滅させた。
もともと二面性を持っていたヴェルドは、里が破壊され、育てていた血の繋がらない我が子ジュングをさらわれたことで、普段心の奥底に閉じ込めていたもう一つの人格を呼び覚ましてしまった。
怒りに我忘れ、里と軍隊を破壊したヴェルドは、力を使い果たして深い眠りについたのだ。眠りについて一年以上経つが、目覚める気配がない。
「全く。……ん?」
今、ヴェルドの目元が震えなかったか。
ニーザは片付けようとしていたコップとお盆を机の上に置き、ヴェルドの枕元に座った。じっと見詰めていると、確かに時折ピクッと震える。反射的なものだと考えることも出来るが、ニーザはそこに希望を見出したかった。
「ヴェルド」
「……アル、シナ」
久方振りに聞く、ヴェルドの声だ。ニーザは夢中で彼の肩を掴み、揺すった。
「ヴェルド!」
「つ……え、この……を」
「起きなさい、ヴェルド!」
何かを言っている。ニーザはヴェルドの唇に耳を近付け、その言葉を拾おうとした。
「使え、アルシナ。この、俺の力を」
はっきりとニーザの耳にその声が届いた時、家を揺るがすような轟音が響き渡った。
「地震……!?」
よろけながらも逃げ道を確保したニーザは、他の家々からも里の人々が出て来るのを確かめた。それと同時に、この地震の震源に思いを馳せる。
「お前かい、アルシナ。……力が、目覚めたのかね」
ニーザの視線は廟のある方向へ向けられ、次いで里の人々の無事を確かめるために歩き出した。
同じ頃、アルシナは己に起きた変化に戸惑っていた。ヴェルドの声が頭に響いたと思った途端、火柱に似た力の波動を身にまとったことに気付いたのだ。それが今、無数の火となって蛇を襲っている。
「アルシナ、これは……」
「わからない。わからないけど、義父さんが力を貸してくれたことだけはわかる」
「ヴェルドさんが」
確かに、とジェイスは蛇を苦しめる炎の帯を眺めた。あの破壊力と強固さは、あの時里を破壊しそうになった力によく似ている。ヴェルドがアルシナに力を貸した、というのは本当だろう。
炎に巻かれ、蛇は苦しそうに体を曲げる。それでも摑まえたユキを離さずにいるが、唯文はいつ炎が彼に怪我をさせるかと気が気ではない。
「ユキ!」
「大丈夫だよ、唯文。絶対、ユキにはあてないから!」
アルシナの言う通り、炎はユキを器用に避けて蛇にまとわりついている。
唯文がほっとしたのも束の間、不意に蛇が体をくねらせユキを手放した。
「ユキ!!」
「任せて」
唯文の悲鳴と同時に、ジェイスが気の力で創り出した板を飛ばす。それにキャッチされたユキをそのまま乗せ、板はジェイスたちのもとへと戻って来る。
ジェイスは板からユキを下ろすと、彼の体の状態を確認した。見た目には大きな傷はない。
「怪我はないかい、ユキ?」
「擦り傷くらい、怪我には入らないよ。何度か絞め殺されるかと思ったけど……。アルシナさん、ありがとう」
「ううん。怖い思いさせてごめんね」
少し上半身をかがめ、アルシナはユキと視線の高さを合わせて謝った。それ程には、炎の勢いは凄まじい。
今も変わらず、炎は蛇を取り巻いている。否、ユキという守るべき存在がいなくなった分だけ激しさは増した。
「あれが竜人の……ヴェルドさんの力か。相変わらずの激しさだな」
「あれ、ヴェルドさんの力なの!?」
捕まっていたユキが驚きの声を上げると、アルシナが「そう」と頷いた。
「私を通して、義父さんの力をそのまま使っている感覚かな。多分だけど、これが私の竜人としての力なんだと思う」
「ここにきて目覚めたってことか。ジュングが他人の記憶を消すことが出来、アルシナは他人の力を受け取ってそのまま使える……か」
敵に回せば、恐ろしい能力だ。アルシナの力の全貌はまだわからないが、ジュングは一国に住む全ての人から自分たちに関する記憶を消すことが可能なことを考えれば底が知れない。
くすっと笑い、ジェイスは考えを切り上げる。そして、仕上げとばかりに五枚の大きさの違う気の板を創り出した。
見れば、蛇はまだ懸命に炎から逃れようとしている。そろそろ引導を渡す頃合いか。
「ジェイスさん、それをどうするんですか?」
唯文に問われ、ジェイスは笑っていない目で微笑んでみせた。
「こうするんだ」
巨大化させた壁を組み合わせ、底の空いた箱を作る。そしてそれを、蛇の真上から落とした。
「蛇の逃げ場を無くした!?」
「いける……!」
「さあ、リンたちと合流しないとね」
蛇が光の粒となって消えたのを確かめ、ジェイスは三人と共に通路へと出た。
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