第645話 阻まれた反撃
最後のグループは、ジェイスとユキ、アルシナ、春直で構成されていた。彼らの前には大きな蛇が二匹おり、舌をチョロチョロと出してこちらの様子を窺っている。
「さて、決定打には欠けている……か」
何度か奇襲をかけたが、蛇たちは意思を疎通し合っているのか手応えがない。互いにかばい合ってしまうため、致命傷とならないのだ。
「以心伝心って感じだね。連携を崩さないとちょっと難しいのかな?」
「ユキ、ユキの氷で壁作ったら物理的には遮断出来るんじゃない?」
「物理的にはね。でも、春直のアイデアは良いなぁ。……タイミング測ってやってみようか」
「まずは直情的だけど、
春直はそう言うと、地面に手をついて操血術を発動させた。鮮血のような赤い糸が四方八方に飛び出し、蛇たちへと向かう。
当然、蛇側も反撃に出た。それぞれ長い体を活かして複雑に動き、糸の目標を絞らせない。
しかし、それこそが春直の狙いだ。二頭の間に充分な隙間が出来、振り返る。
「ユキ!」
「了解っ」
春直の合図を受け、ユキが操血術の糸を辿るように魔力を発動させた。魔力はところどころで小さな氷柱を作りながら進み、糸の先で氷の花を咲かせる。
開いた花に蛇たちの注意が引き付けられた時、ジェイスの弓がそれらの後頭部を襲った。突き刺さった痛みに悲鳴を上げ、蛇たちがジェイスを見た時には氷の壁がそびえ立っている。
「……よし」
「これで、一旦バラバラに出来たかな」
「ジェイスさん、援護ありがとうございます」
ユキと春直が言い合い、ジェイスは「ああ」と頷いた。
「まだ油断ば出来ないけどね。アルシナ、いけるかい?」
「はいっ」
「よし」
アルシナの首肯を確かめ、ジェイスは蛇へと注意を向ける。アルシナの竜人としての力は開花していないが、何かを傷付けるためのものではないだろう。それはジェイスの願いであり、見解でもある。
蛇たちは分たれたことで冷静さを失ったのか、互いを求めて間に立った氷の壁を壊そうと必死だ。
「片方ずついこうか」
ジェイスの指示で、春直が再び操血術を展開する。右側の蛇に狙いを定め、拘束するために赤い糸を放った。
気を散らしていた蛇は、まんまと春直の糸に囚われる。驚き暴れるが、それくらいで春直の糸は切れない。
「よっし!」
ユキも飛び出し、得意の氷の弓矢を手にした。蛇の尾に襲われるが、ジェイスがナイフで弾き届かない。
悔しげに細める蛇の瞳に、黒い翼を広げたユキの姿が映る。手元が閃き、十本に分裂した氷の矢が蛇を襲う。
ドドドッと土煙が上がり、着地したユキは己の攻撃の結果を振り返った。
「……どうだ?」
「来ない、ね」
「殺気も一つ分しか感じないな」
全力で挑みたかったが、もう一体を拘束している氷の壁を軟弱にするわけにはいかない。ユキは慎重に土煙の中を見詰めていたが、そこに何もいないことにホッと胸を撫で下ろした。
蛇の気配は、一つしかない。
「一体撃破、かな」
「そのようだね。よくやったよ、二人共」
ジェイスに褒められ、ユキと春直は嬉しそうに顔を見合わせ笑った。そんな年少組に癒やされていられればよかったが、倒すべきはもう一体残っている。
「さて、と」
激しい殺気と破壊音を耳にし、ジェイスは左側に視線を移す。アルシナがぎょっとして裾を掴んで来たため、ポンポンと軽くその手の甲を撫でた。
「やはり、そうなるよな」
「そうなるって?」
「仲間を、片割れを喪ったことで、残された方の力が強まる」
「え……」
冷や汗が背を伝うのを感じ、アルシナは恐る恐る顔を上げる。そこには、キリキリと大きな弓に矢をつがえるジェイスの姿があった。
「ジェイ……」
「掴まってて」
そう言うが早いか、ジェイスは思い切り引き絞った矢から手を離す。空気を切り裂きながら進んだ矢は、暴れる蛇の喉元に突き刺さった。
――ッ!
痛みのためか恨みのためか、蛇が咆哮する。ビリビリと壁が振動し、ユキと春直が「ひゃっ」と身を寄せ合った。
「怒りマックス!?」
「同じ手は使えないですよね!」
「これも試練の一つってことか」
顎を伝う汗を手の甲で拭ったジェイスは、次なる手を打つためにナイフを展開させた。
まさに、その時だ。
「うわっ!?」
「ユキ!」
春直の隣にいたユキの体が、本人の意思とは関係なく宙に浮く。一気に蛇に引き込まれ、その時になって蛇の尾に囚われたのだと知る。
「速い」
「ユキを離せ!」
「春直、それは駄目だ。巻き込む!」
「――っ」
操血術を展開し、巨大な爪で斬りかかろうと考えた春直。しかし、ジェイスの言葉で思い留まる。
「どうしたら……」
「ヘタ撃ちは出来ないね……」
二人が手出しに困り悩む中、アルシナはふと誰かに話し掛けられた気がして振り返った。しかし、そこには当然のごとく誰もいない。
(何……?)
聞いたことのある、懐かしい声だ。その声の主を思い出そうと眉を寄せたアルシナの耳に、今度こそ聞きたかった声が聞こえた。
『――アルシナ』
「義父さん……?」
そして、イメージが流れ込んで来た。
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