第644話 吽形の活躍

「――竜閃!」

 克臣が大剣を振り下ろすと、銀色に輝く光の竜が咆哮する。空気を震わせ、ユキヒョウはユーギから竜へと見るものを変えた。

「うわっ」

 ユキヒョウが体の向きを変えた時、丁度ユーギを尻尾で弾いた。それによってバランスを崩したユーギが、立っていた岩の上から落ちる。

「ユーギ!」

「阿形!」

 唯文を乗せたまま、阿形が宙を駆ける。ユーギの背中側に到着し、唯文が彼を抱き止めた。

「……た、助かった」

「ナイスタイミングだな、阿形」

「ありがとう、阿形」

 唯文とユーギに感謝され、阿形は得意げに鼻を鳴らす。言葉を発しない魔獣だが、嬉しそうに見える。

 二人を乗せた阿形を迎え、ジスターは魔獣から年少組を下ろす。そして、激しい金属音を耳にして顔を上げる。

「あの人、無茶苦茶だな」

「克臣さんのこと? 前からあんな感じだよ。いの一番で飛び出して、活路を開くのが役割だと思ってるんだと思う」

「言い方が手厳しいな、ユーギ」

 肩を竦めるジスターに、ユーギは「だってさ」と頬を膨らませた。

「最初に特攻するなんてずるいじゃないか! ぼくだって頼りになるんだって所を見せたいのに」

「ユーギも、克臣さんに負けず劣らずに戦闘大好きだから。そういえば、ジスターさんは克臣さんに付き合わされてましたよね。朝の鍛錬に」

 ユーギをなだめつつ、唯文がジスターを見上げた。彼の言う朝の鍛錬とは、起き抜けに克臣によってジスターが連れ出された時のことだ。その時のことを思い出し、ジスターは小さく笑う。

「ああ、あれはなかなかハードだった。……そろそろ、克臣さんに全て任せるのは気の毒じゃないか?」

 見れば、ユキヒョウと戦っているのは克臣だけだった。見た目には互角の戦いだが、克臣の表情にはわずかな疲労がある。ジスターに言われ、ユーギと唯文も気付いて顔を見合わせた。

「……本当ですね」

「待たせ過ぎたね」

 唯文が手にしていた刀を構え、ユーギもいつでも動けるよう左足を引く。戦い慣れている年少組の落ち着きに目を見張りつつ、ジスターも阿形と共にユキヒョウを見上げた。

 自分に向かって飛んで来たユキヒョウの爪を躱し、ユーギが問う。

「ジスターさん、吽形はお出かけ?」

「お出かけというか、リンたちの方へ行ってもらったんだ。オレたちは三つに分かれたようだけど、少しでも助けになれば良いんだけどな」

 おせっかいだったかもしれないけれど。そう言ってジスターが肩を竦めると、唯文は首を横に振った。

「絶対、助けになってますよ」

「ありがとう」

「ぼくらも負けてらんないよね!」

 ユーギは笑って飛び出すと、克臣の前に躍り出てユキヒョウの顔面を蹴りつけた。




「……吽形?」

 同じ頃、晶穂は感じるはずの痛みがなく瞼を上げた。目の前には水の塊であるジスターの魔獣、吽形が立っている。彼がアルマジロの猛攻を止めてくれたらしい。

「……」

 喋ることの出来ない吽形は、ぐるんと首を回して晶穂を見た。表情のない顔だが、何となく誇らしげに見える気がする。

「晶穂!」

「リン、ジュング」

 駆けて来た二人に、晶穂は「大丈夫だよ」と微苦笑を見せる。アルマジロを警戒してくれている吽形の方を見て、ほらと言った。

「ジスターが貸してくれたのかな?」

「わからないが……。お蔭で突破口は開けそうだな」

 リンはふっと微笑むと、新手の登場に警戒を露わにするアルマジロを見上げた。傍に吽形が控え、共に見上げる。

「吽形、ジスターはいないが俺の指示を聞いてくれるか?」

「……」

 こくっと吽形は頷く。それを応と判断し、リンは晶穂とジュングを振り返った。

「ここからだ。行くぞ」

 リンの周りをぐるんと回った吽形は、ふわりと浮き上がる。吽形の持つ清涼な気が、急く三人の気持ちを少しだけ落ち着かせた。

「吽形、多分あいつは水が苦手だ。俺たちの援護を頼む」

 心得た、とばかりに吽形は迷路の天井近くまで舞い上がった。そして、その身にまとう水の気を放出する。

 気は雨となり、アルマジロの頭上のみという超局所的な豪雨となった。

「効いてる!」

「チャンスだな」

 アルマジロはイヤイヤと頭を振り、吽形を捕えて雨を止めさせようと手を伸ばす。それを余裕で躱した吽形が、ダメ押しとばかりにアルマジロの顔へと水の塊を投げつける。

 逃げようとしていたアルマジロはそれを真正面から受けてしまい、動きを鈍くした。その隙を見逃す程、リンたちは甘くない。

「やぁぁぁっ!」

「はぁぁぁっ!」

「おぉぉぉっ!」

 三人同時にアルマジロへと殺到し、リンは顔面、晶穂は右腕、ジュングは腹へと刃を突き立てる。先程までは一切届かなかったそれらは、アルマジロの弱点を突いたことで可能となった。

 ―――ッ!

 アルマジロは言葉にならない悲鳴を上げ、空気を振動させる。傷からは白いもやのようなものが立ち上がり、そこからアルマジロの体を溶かすように消していく。

 やがて完全に消えたアルマジロのいた場所を眺め、ジュングが息を吐く。

「……まずは一勝、だな」

「勝てて良かった……」

「ああ。ユキたちを探しながら、先へ進もう」

 三人は休憩もそこそこに、アルマジロがいなくなったことで進めるようになった通路を歩いて行く。そちらはまた、静かな迷宮の続きだ。

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