第643話 硬質な体
リンとジュング、晶穂の三人が入り込んだ部屋は、迷路の途中にぽっかりと空いた穴のようだった。向こう側には通路が続いているが、遮るように何か丸く巨大なものが鎮座している。人の二倍はある巨大だ。
「あれ……球?」
「いや、わずかに動いている。生きてるな」
剣を構えたまま、リンはその全体像を捉えようと目を細めた。
その時、巨体がゴロンと寝返りを打つようにして立ち上がる。小さな耳、太い腕、硬い背中。巨体は大きなアルマジロだった。
動物園などで触れ合えるアルマジロならば、かわいいで済む。しかし、こちらのアルマジロは体が大きく爪が鋭い。目は守護に関係していることを示すように白く輝き、感情を映さない。
リンとジュングは得物を構え、晶穂もいつでも飛び出せるよう
「来るぞ」
アルマジロが前足を上げ、鋭い爪で切り掛かってくる。動きはそれ程速くないが、重量級のそれを受ければ軽傷では済まない。
リンの合図で散ると、それぞれの立ち位置からアルマジロの隙を伺う。緩慢な動きで隙だらけに見えるが、目は三人を捉えていた。
アルマジロの背中を見上げるジュングは、時折こちらに向く目を気にして舌打ちをする。
「ちっ。下手には動けないか」
「けど、動かないと平行線……なのかな?」
「いや、向こうが先に動くだろ」
リンの読み通り、アルマジロはなかなか向かって来ない彼らに苛立ちを覚えたらしい。トンッと跳ぶと、その反動を利用して体を丸め、回転し始めた。
回転はすぐにトップスピードへと至り、着地と同時に風を生んで走り出す。
「げっ」
最初の標的とされたジュングは頬を引きつらせるが、すぐに気を取り直す。大きさから判断するに、一人では太刀打ち困難だ。
その判断はリンも同じで、剣を杖に持ち替え魔力を放つ。
「ジュング、こっちだ!」
「わかった」
己の視界から逃れるため、もとい誘導するために駆け出すジュングを目で追うアルマジロ。その足下にリンの光魔力が炸裂し、体が傾ぐ。
「今だ!」
ジュングは急ブレーキをかけ、回れ右をしてアルマジロの柔らかな腹部を狙う。体が傾いたことで露わとなった白いお腹に、ジュングの回し蹴りが炸裂した。
「くっ」
「次は俺だ!」
ジュング一人の蹴りではバランスを崩すだけだが、そこにリンが加わる。更に、晶穂の魔力で二人の身体能力が向上した。
「おぉぉぉぉっ」
「はぁぁぁぁっ」
二人の蹴りがアルマジロの腹にヒットし、その巨体を壁に向かって吹き飛ばす。このままぶつかれば、致命傷を負わせられたかもしれない。
しかし、アルマジロは体を丸めて回転させることで壁への衝撃を軽減させた。壁に前足を付き、ひょいっと地に足をつける。
「……まだまだってことか」
ジュングは体勢を整え、次に備える。
リンはといえば、杖を再び剣に持ち替えた。そして晶穂に問われ、守護の行方を探す。
「……近くに守護がいることだけは感じる。こいつが守護かと問われたら、正直わからないとしか言いようがないけど」
「だよね。今までの傾向から考えると、このアルマジロは守護の仲間とかそういうものの可能性が高そうだけど」
「ああ。守護が見ている、そう思う」
「リン、お前は毒に侵されているんだろ? 解毒するために、花の種を集めてるって聞いた。でもそれに加えて、種を守ってる守護の居場所までわかるのか?」
アルマジロの爪を弾いたジュングに問われ、リンは「そうだな」と応じる。
「わかるというか、守護が俺の頭の中に主張するんだ。ここにいる、さっさと来いってな」
「……そうか。今も?」
「今は何も聞こえない。だけど、見られてる」
「なら、さっさとこいつを倒して先へ進むぞ!」
鋭い爪を間一髪で躱し、ジュングはアルマジロの目の前へと跳んだ。彼がアルマジロの視線を奪った隙に、リンは魔力を籠めた斬撃を放つ。
「はあっ!」
――!
ジュングの正面からの剣撃を手で受け流したアルマジロだったが、リンの斬撃には今度こそ受け身を取りそこねた。ドウッと仰向けに倒れたそれに、リンと晶穂が殺到する。
晶穂は普段全く目立たないが、決して弱いわけではない。周りが強過ぎ、披露するタイミングがないだけだ。和の魔力を鋭利に変えて、氷華に乗せる。矛さばきはお手の物で、暴れるアルマジロの腕を弾いて懐に入ろうとした。
「チャンス!」
一瞬の隙を見付け、晶穂の氷華が唸りを上げた。魔力増幅の力を己にも使い、リンと同時に斬撃を放つ。
アルマジロの喉元を捉えた時、ジュングの悲鳴がこだまする。
「晶穂!」
「――えっ」
物音に気付き振り返った時には、晶穂の目の前にアルマジロの太い爪が迫っていた。リンはどうかと確かめる暇はない。
このままでは串刺しになって死ぬ。コンマ何秒の世界で考えた晶穂は、覚悟してギュッと目を閉じた。
(もう駄目だ……!)
その時、爽やかな風が駆け抜けた。
一方、克臣はジスターとユーギ、唯文と共に巨大なユキヒョウと対峙していた。ユキヒョウだと断じたのは克臣だが、それも相手の体が真っ白であったことに起因する。
「さーてと、どうやって致命傷与えようかね?」
大きな図体に似合わずすばしっこいユキヒョウに手を焼き、克臣たちは細かい傷を体に負っていた。接近戦を得意とするメンバーが集まっているため、不可抗力だろう。
克臣の傍で阿形に指示を出して唯文のアシストに回らせたジスターは、不思議そうに首をひねる。
「言葉の割に、あまり困っているようには見えないな」
「まあ、な。他も同じような状況だろうし、悲観しても仕方ないだろ。もともと、強敵と戦うのは好きだしな」
「そっちが本音か」
肩を竦め、ジスターは唯文を乗せて戻って来た阿形を迎えた。
「お帰り」
「ありがとうございます、ジスターさん」
「ああ。……しかし、どう切り抜けるかだな」
ユーギが自ら
「……ま、全力でやるしかないだろ。ユーギ!」
「何?」
「躱せよ!」
深く考えることをやめた克臣は、そう言うと大剣を振りかぶった。
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