第642話 迷路の求めること
「……ここが、迷路」
リンが呟いたのは、階段を降り終わってすぐのことだ。彼らの前にそびえ立ったのは、大きな壁。その先に何があるのかわからないが、比較的広いであろうことは声の反響具合から察することが出来る。
「広いー!」
「ユーギ、声でかい!」
「お前もな、ユキ」
ユーギが叫び、ユキが突っ込み、唯文が冷静にたしなめる。そんな三人を見て、春直がくすくすと笑った。
「緊張感ないなぁ」
「適度なもんは必要だけどな。いつ何が来るかわからないから、そこだけは気を付けていてくれよ」
「大丈夫だよ、克臣さん」
ユーギが胸を叩き、克臣を追い越す。
迷路の中は、日の光が入らずに薄暗い。視界が確保されているのは、ポツポツと壁に燭台がかけられているためだ。
迷路脱出のお約束とばかりに右手を壁に沿わせて歩きながら、アルシナはぽつっと呟いた。
「まさか、本当にこんな迷路が広がっているなんて……」
「言い伝えは言い伝えだと思ってたしな、姉さん。弾かれるし、何があるかなんて知らなかったし」
「アルシナとジュングさえも知らなかった迷路、か。一体いつの時代に造られたんだろうな」
首を捻ったジェイスは、おもむろに小さな針を創り出して上へ向かって投げた。真っ直ぐに飛んだそれは、迷路の壁と同じ高さまで飛んで何かに弾かれる。
バシンッという大きな音がして、ユーギと春直、唯文がびくっと肩を震わせた。ユーギが飛び上がり、振り向き目を白黒させる。
「わっ!? なになに!」
「ジェイスさん、何してるんですか?」
「ん? この迷路の高さを測っていたんだ。どうやら、飛ばせてはくれなさそうだね。丁度壁と同じ高さで弾かれた」
ジェイスが頭上を指差し、肩を竦める。
彼を始め、魔種であるリンとユキも翼を持っている。上から見て迷路の脱出経路を探せれば話が早かったが、とジェイスは笑った。
「ジェイス、流石にそれは守護も許さないんじゃないか?」
「それが先に証明されたっていうことだ。次は、壁でも壊してみるか?」
「……お前、時々物騒なこと言うよな」
気持ちはわかるけどな。幼馴染の肩を叩き、克臣は言う。その視線はリンを捉えていたが、年少組を始め気付かなかった。
「こうやって地道に進んでいて、脱出出来れば種を手に入れられるのかな?」
「どういうこと? ユーギ」
首を傾げる春直に、ユーギは「だってさ」と人差し指を立てる。
「大なり小なり、今までは全部戦うことを課されてきただろ? だから、ここでも何かしらの課題を出されるんじゃないかって思うんだよね」
「例えば……ああいうやつか?」
「ん?」
唯文が指差したのは、彼らの進んで来た道だ。そちらからガコンガコンという、何かが壁にぶつかりながら進む音が聞こえる。
リンも音に気付き、警戒を強める。傍にいた晶穂を背に隠し、剣を抜く。
「何か来るのか?」
「全員、いつでも走れる心づもりはしておけよ」
克臣が言い、全員の意識が後方に集中する。そして、音の正体が見えた。
「……鉄球?」
それは、直径二メートルはありそうな巨大な黒い鉄球だ。道の角で壁にぶつかった鉄球は、数秒止まると進路を変えた。
「やばい、来るぞ」
「全員走れ!」
リンの叫びとほぼ同時に、鉄球が彼らに向かって転がって来る。壁にぶつかりながらであるためにそれほどのスピードではないが、走らなければ確実に踏み潰されるだろう。
「うわああああっ」
「ど、どれに行けば!?」
全速力で走るメンバーは、三つに分かれた通路が近付いて来ることを知る。咄嗟に全員で同じ道を選択出来ないと察したリンは、全員に聞こえる声で指示した。
「全員必ず、迷路から脱するぞ!」
――おおっ!
ドドドドドッと地響きをたてて転がって来る鉄球は、いつの間にか分岐と同じ数の三つに増えていた。リンたちはそれぞれに直感で道を曲がり、もしくは曲がらずに進み、鉄球と対峙する。
リンは手を引いていた晶穂とそのまま共に走りながら右へ曲がり、彼女をかばい背に隠して剣を構えた。
「くっ。このままじゃ埒が明かない!」
「でも、鉄球を壊すなんて」
どうすれば。晶穂がそれを言い終わる前に、聞き覚えのある声の主が二人の前に立つ。翡翠色の短髪が揺れた。
「――僕も手伝う。仕留めよう」
「ジュング、助かる」
「おう」
ジュングが火炎球を手のひらで創り出し、近付いて来る鉄球へと投げ付ける。すると鉄球は反動で一瞬動きを鈍くした。その隙を突き、リンの魔力を籠めた剣が振り下ろされる。
「はあっ!」
ブンッという空気を裂く音と共に斬撃が飛び、鉄球を左右真っ二つにしてしまう。土煙を上げ、鉄球はその暴走を止めた。
「終わった……?」
「まずはっていうところだな。ここにいるのは俺たちと……」
「僕だ。邪魔してしまって申し訳ないな」
そう言って肩を竦めたのは、アルシナの弟で竜人でもあるジュングだ。他のメンバーは別のルートに行ってしまったらしく、姿が見えない。
「こっちは俺たちだけか」
「みたいだね。ここからどうする?」
「戻るのは得策ではないだろうな。同じような罠にかかるわけにはいかないし、戻るのは良くないと思う」
「僕も同意見だ。この先に進んだ方が良いと思う」
ジュングも賛同し、三人は迷路の奥へと進むことにした。いつどんな罠が発動するかわからないため、慎重に慎重を重ねて歩いて行く。
幾つかの部屋を通り抜け、通路を進む。やがて三人は、目の前に大きめの部屋の入口が口を開けていることに気付く。
「……何かいるな」
「ああ。それを倒して、もう少し行くべきだろう」
リンとジュングの会話を聞きながら、晶穂は鋭い敵意を感じ、身震いした。何かが待ち構えていることがわかる。それを倒さなければならないということも。
「守護かな」
「もしくは、それに準じるやつ」
リンは剣を構え直し、晶穂とジュングと共に部屋へと侵入した。
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