竜化国二つ目の種
第640話 祖を祀る廟
疲労感のためか、ぐっすりと眠ったらしい。リンは比較的すっきりと目覚めて支度を整えた。
壁に立てかけられた姿見の前に立ち、自分の顔が赤らんでいることに気付く。壁に片手をつき、リンは息を吐き出すのを押し留めて俯いた。
「……何思い出してんだ、俺は」
同室のジェイスと克臣はもういない。深夜に戻ったことにも気付いているだろうが、そのまま寝かせてくれた。そして、朝も先に起き出したのだろう。
リンは深呼吸を繰り返して一旦頭を整理し、いつものようにグローブをつけた。
「……おはようございます」
「おはよう、リン。休めたかい?」
「ジェイスさん」
居間を覗くと、ジェイスと目が合った。彼はニーザが作る朝食の配膳を手伝っていたが、何処となく目の奥が笑っている。気付かないふりをして、リンは頷く。
「はい、お蔭様で」
「そう。リンも座って」
ジェイスは昨夜については何も言わず、淡々と手伝いを続ける。台所を見れば、アルシナとジュング、そして晶穂の三人がニーザの指示に従って動いていた。
晶穂に視線が吸い寄せられかけ、リンは我に返る。若干顔をしかめてから、近くの椅子に腰掛けた。
「兄さん、おはよう」
「おはよう。早いな、ユキ。みんなも」
リンが席につくと、先にいたユキたちがわいわいと喋っていた。ニーザに借りたという地図を眺め、あれこれと言い合っていたようだ。
唯文と春直、ユーギもその輪におり、リンも乞われて加わった。
「そういえば、克臣さんとジスターは?」
「二人して、今は外にいるよ。もう帰って来るとは思うけどね」
「ジスターさんの力量が知りたいって言って、克臣さんが朝早く連れて行ったんです」
「……そうか」
ユーギと春直が口々に言い、唯文も「よくやりますよね」と苦笑する。リンはもう何も言うまいと肩を竦め、ジェイスから皿を受け取った。
「あいつは腹が減れば戻って来るよ。ジスターは巻き込まれて大変だろうが、いつかはするだろうと思っていたし、諦めてもらおう」
「ジェイスさんも人が悪いですね」
「リンもわかっていただろう?」
「まあ、そうですね」
克臣は、もともと脳筋気質なのだ。頭を使うより先に、体を動かして解決を図るタイプである。頭脳派のジェイスとは正反対だ。
そんな話をしている間に、ニーザたちの支度が済んでしまった。そろそろ呼び戻すかと話していた時、バタバタと忙しない足音が二人分近付いて来た。
「戻りました、ニーザさん。お、リンおはよう」
「おはようございます。……って、大汗かいてるじゃないですか」
「だな。ニーザさん、シャワー借ります」
「ふふ。はい、どうぞ」
ニーザは笑いながら克臣をシャワーへと向かわせ、続いて入って来たジスターを見て目を細める。
「貴方はそれほど暑そうでもないね?」
「オレの魔力は水なので。あ、ありがとうございます」
水の魔力を操るジスターは、いつも涼しい顔をしている。彼はニーザからコップを受け取り、中の水を飲み干した。
「ジスター、こっちに来いよ」
「リン」
誘いに応じたジスターがリンの向かいに座り、ニーザを手伝っていた三人もそれぞれ席に着く。晶穂はアルシナに誘われ、彼女の横に座る。丁度リンの斜め前でもあり、二人は一瞬目を合わせて慌てて逸らした。
「どうかしたの、晶穂?」
「な、何でもない」
アルシナの問いにあわあわと応じる晶穂を視界の端に捉えながら、リンは味噌汁をすすった。和ものの食事が好みだというニーザの作った味噌汁は、辛くなく薄い味付けで飲みやすい。
朝食のメニューは、たくさんの味違いのおにぎりと味噌汁、そして野菜の煮物だ。おにぎりを握ったのは、手伝いをしていた三人だという。
「それで、あんたたちは次にどこへ向かうか決めているのかい?」
食事が半分なくなった頃、ニーザは誰ということなく問いかける。それに応じたのはリンだった。
「俺たちもまだ決められていません。候補はないわけではありませんが……」
「ならば、竜人の祖を祀る
「廟?」
「そういえば、そういうのがあるって前にアルシナが言っていた……?」
晶穂が呟き、皆がアルシナを何となく見る。ミルクを飲んでいたアルシナは、コップを口から離して苦笑した。
「みんな面白過ぎ。あたしが知っているのは、廟の言われと伝説的な話だけだよ」
「言われと伝説的な話? それってどんなの?」
「ええっとね……」
アルシナによれば、次のようなことだ。
竜人の祖、既に名もわからなくなったその人を祀る廟がある。場所は、隠れ里から歩いて半日程の距離の丘の上。
祖は竜だったが、人と仲良くなり人の血を入れたのが最初だとか。それが、真の意味での竜人の始まりだ。
竜人は人と交わり、暮らすことで人に溶け込んでいった。しかし寿命は人のそれとは桁違いで、何度も何度も寂しい思いをしてきたという。
悲しみ沈む竜人を励まそうと、人々は竜人と思い出を詰め込んだ廟を造った。そこに竜人の住まいも作り、誰もが竜人と語らえるように、寂しい思いをしないようにと願いを込めて。
竜人の祖はそれから何百年もの間廟で暮らし、子を残して世を去った。祖が去った後も、その子孫や人々の末裔たちが廟を拠り所としたことで廟は存続し、今に至る。
「廟を造った人たちは遊び心があったらしくて、実は廟の下には迷路が広がっているんだっていう話だよ」
「迷路?」
「らしいな。一度も入ったことはないけど、確かに地下へと続く階段はある」
ジュングも頷き、いよいよ信憑性が増す。
しかし、と克臣が首を捻った。
「それと花の種に関係なんてあるのか? 遊び心で造ったってんなら、竜人の祖の時代から遊び場だったんじゃねぇの?」
「始めはそうだったらしいんだ。けれど、ある日突然落ちて来た白い光が結界を張ってしまってからは入れなくなったっていう話があるの」
「白い光……。今まで聞いたり読んだりした言い伝えによく似てる」
「晶穂もそう思う? 私もそうだと思ったんだ」
アルシナは嬉しそうに頷き、ユキたちが折り畳んで置いていた地図を広げてみんなに見えるように端を持って立つ。その役割をジュングが代わると、アルシナは「ここ」と竜化国の地図の北東を指差した。
「地図には載っていないけど、ここに廟がある。……空振りかもしれないけど、調べてみる価値はあると思う」
「だそうだよ、リン」
どうする、とジェイスに問われ、リンはじっと地図を見詰めた。そして、ふっと息を吐く。
「俺も、何となくそっちだと思います。行ってみましょう」
迷いのないリンの言葉は、銀の華の指針となる。七つ目の種を求め、一行は竜化国の北東に足を進めることとなった。
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