第638話 六つ目の種

 銀の鳥が飛んで来たのは、この森で種が祀り守られて来た壊れかけの祠の上。鳥が留まると同時に結界が消え、祠がその本来の姿を現す。

 無防備にさらされた祠を前に、リンは鳥の意図を図りかねた。

「……取れってことか?」

「うん、そうだと思う。あの子の願い事は全部叶ったから」

「あの人の中に、会いたかった人の面影が見えたのかな」

 だと良いけれど。リンは晶穂に背中を押されるような形で、そっと祠の扉を開き、中へと手を入れる。仲間たちの視線を一手に引き受けながら、指先が種に触れた。

「……」

 警戒をしたものの、銀の鳥はリンを見守るのみ。何もするつもりがない様子を見て、リンはゆっくりと種を自分のもとへ引き寄せる。

「これで、六つ目」

 向日葵の種のような形のそれを握り締め、ほっと息をつく。振り返れば、リンと同じように肩の力を抜いた仲間たちの姿がある。

「お疲れ、リン」

「今回はどうなるかと思ったね」

「終わらないかと思いました……」

 春直は肩を竦め、ユキが「だね」と頷く。

「今回は戦うこともたくさんあったけど、まさか戦いを見守ることが試練になるんだもんね。晶穂さんとアルシナさんが昌常さんを連れて来てくれたから、あの鳥の願いを叶えて種を得られたんだもん」

「わたしは……何となくそうすべきだって思ったからしただけ。昌常さんの決断がなければ、叶わなかったから」

 照れ笑いを浮かべた晶穂は、昌常を振り返って目を細めた。アルシナも頷き、微笑む。

「凄いよ、晶穂は。それに、昌常さんも。あの鳥の願いの叶え方、昌常さんと出会わなければ突破口なんてなかったものね」

「お嬢さんたち、こんなおっさん相手に褒め過ぎだ」

 苦笑をにじませ、昌常はリンの手元を見る。

「それが、お前たちが探していたものか?」

「はい。これを後、四つ集めなければなりません」

「そうか。……もし、オレに出来ることがあったら言ってくれ。いつでも駆け付ける」

 まあ、おじさんに出来ることなんてたかが知れているけどな。そう言って笑う昌常の頭上には、先程まで暴れ回っていたのと同じ鳥とは思えない程優雅に舞う銀の鳥の姿があった。

「こいつのことも、任せてくれ。いつまでいるつもりかはわからないが、いる限りは世話するよ」

「助かります。……彼ら守護は、種のない状態でいつまで存在するのかわかりません。だから、それまではお願いします」

「わかった」

 昌常の返答を聞き、リンはようやく少し肩の荷が下りた気がした。手にしていた花の種を左腕のバングルに近付けると、嵌まっている石と種が輝きを放つ。二つの瞬きがシンクロした時、種は石の中へと吸い込まれた。

「――っ」

 また少し、種の力が強まった。そのお蔭で、リンの中に巣食う毒の効力が若干弱まる。呼吸がまた少ししやすくなり、顔色が通常に近付く。

「これで、後四つか」

「顔色がまた良くなったね、リン」

「花の種のお蔭だな」

 晶穂に言われ、リンは微苦笑を浮かべてバングルを撫でた。合計六つの種を手に入れ、残りは四つ。

 善は急げだ。リンの視線は竜人の姉弟に向く。

「アルシナ、ジュング。早速で悪いが、何処かこの国で種に関係ありそうな昔話とかはないか?」

 リンが急かすように尋ねると、姉弟は顔を見合わせた後に困った顔をした。

「一つあてはある。だけど、あんたもみんなも少し休んだ方が良い」

「そうだよ。見守っていたとはいえ、疲れていないとは言わせないよ?」

「う……」

 ぐうの音も出ないリンに呆れつつ、ジュングは「先に里に戻る」と言い置いて駆け出した。弟を見送り、アルシナが口を開く。

「わかりにくくてごめんなさい。ジュング、みんなが疲れているだろうからって、里で休める環境を作りたいって言ってたの。今は、ニーザさんに報告しに行ったんだと思う」

「ふふ、あの子も可愛い所があるね。お言葉に甘えて、少し時間を空けて里に戻ろうか」

 アルシナが暴露するジュングの思いを聞き、ジェイスは笑いながら仲間たちにそう提案する。メンバーたちも頷き、一旦その場で休息を取ることにした。

「十分くらい休んだら、里に戻るぞ。本格的な休息は、その後だ」

 克臣の言葉に銘々に応じ、リンたちは座り込む。

 鳥たちの死闘が行われていた時には止んでいた風が吹き始め、動物たちの気配も戻って来た。昌常はリンたちが無事にそこにいることに頷き、一人立ち上がる。

「森も元に戻ったらしい。オレは動物たちの様子が気になるから、一足先に森へ入らせてもらうぞ」

「わかりました。お気をつけて」

「ありがとうございました、昌常さん」

 口々に礼を言う銀の華のメンバーに軽く手を振り、昌常は自分の小屋があるのとは反対の方向に歩いて行く。動物たちと仲良しの昌常は、彼らの無事を確かめるために森へと入った。

 それから十分後、リンたちは里へ歩き出す。里に戻ると、ニーザが温かな食事と寝床を用意していてくれた。

「一旦、お疲れ様だったね。たくさん食べて、ゆっくり休むこと。そうしなければ、残りの種を手に入れるための体力ももたないよ」

 ニーザの手伝いはジュングがやっていた。そこにアルシナも加わり、穏やかで賑やかな食卓が出来上がる。

「……」

 夕食後、ユキたち年少組は相変わらずわいわいと賑やかに話し込んでいる。ジェイスと克臣は、ジスターを巻き込んで新たな戦術を練っていた。アルシナとジュングはニーザの手伝いを終え、一旦自宅へと戻っている。

 リンは一人部屋を抜け出し、外へ出た。人目のない里を少し歩き、更に人気ひとけのない場所で立ち止まる。そこは、満月の月明かりの届く里の外れだ。

「……流石に、これは見せられないな」

 リンは一人呟くと、そっと両手のグローブを外した。

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