第637話 再会に近い出会い
「リン、みんな!」
「晶穂、やっぱり昌常さんのところに行ってたんだな。……おかえり」
実体のない羽が何枚も飛んで落ちる中、リンはアルシナに続いて駆けて来る晶穂の姿を見てほっと胸を撫で下ろした。ジェイスから先程聞いてはいたが、自分の目で確かめなければと気が気ではなかったのだ。
軽く咳払いをして気持ちを落ち着かせると、リンは晶穂とアルシナと共にやって来た昌常に向かって頭を下げた。
「よく来て下さいました、昌常さん」
「あれだけ必死に説得されたらな。それに……オレにも何か出来ることがあるのならやりたい」
「ありがとうございます。状況は、見ての通りです」
リンが振り返った方へと晶穂たちも目を向ければ、鳥たちの戦闘は続いていた。幾分か黒い鳥の数は減っているが、それでも勢いは衰えていない。
銀の鳥は、変わらずにリンへ見守りを強要する。昌常が加わったことには気付いていないようだ。
時折飛んで来る鳥たちの攻撃の余波や鳥自身に関しては、ジスターが魔獣たちを動かすことで全て防いでいる。更にユキが氷の壁を創り、最低限の防御は成されていた。それらのお蔭で、リンたちはある程度落ち着いて話し合いの場を持つことが出来る。
「晶穂、昌常さんに何をしてもらおうというんだ?」
「うん。言い伝えを聞いていて考えたんだけど……」
周囲を警戒しながらではあるが、晶穂と彼女からある程度聞いていたアルシナを中心に、今後の動きがまとめられた。その間にも、激しいぶつかり合いが頭上で展開され続けている。
「――さて」
軽く「よっ」と言いながら立ち上がると、昌常は銀の鳥を見据えた。すると、彼の傍に四人の少年たちが寄って行く。ユキたち年少組だ。
「昌常さん、絶対護るから。思いっ切りやって」
「擦り傷もつけませんから」
「頼もしいな、子どもたち」
一回り以上も年の離れた子どもたちに護られ、昌常はくっくと笑った。そんな彼に、ジェイスが肩を竦めて声をかける。
「その子たちは、銀の華の中でも強いですよ。彼らがいなければ、成り立ちません」
「へえ……。なら、オレも期待に応えないとな」
昌常は呟くと、大きく息を吸い込んだ。銀の鳥を見据え、叫ぶ。
「――銀色の鳥、聞こえるか!? それとも、時をかけ過ぎてこの顔を忘れたか?」
「……!?」
ぴたりと動きを止め、羽ばたきながら地上を見下ろす銀の鳥と黒い鳥たち。彼らは昌常を視界に入れ、硬直した。驚いたのだろうか。
しかしそれを確かめる術もないまま、先に動いたのは黒い鳥たちの方だった。
「来るぞ!」
克臣の声を合図に、唯文が一閃を放つ。斬れ味鋭いそれは、いの一番で飛び掛かってきた黒い鳥を両断した。
「負けないよ!」
「ぼくも」
ユーギと春直が飛び出し、昌常に向かおうとする鳥たちを蹴落とし撃ち落としていく。ユキはといえば、昌常の傍で砦の役割を務めていた。
「……」
周囲の喧騒が激しくなる中、昌常はじっと銀の鳥と目を合わせていた。彼本人には鳥との記憶はないが、まるで川の奔流のように記憶が流れ込んで来る。それは銀の鳥のものか、昌常の先祖のものか、それとも二つが混じり合ったものか。
(この際、どちらでも良い。大事なのは、あの鳥と共有することだ。きっと……)
「お前さん、きっと寂しかったんだよな。だから、待っててくれたんだろう? 記憶の中の……この人に会いたくて」
昌常が自分の胸を指しながら言うと、銀の鳥はそこをじっと見詰めている。何度か黒い鳥がぶつかって落とそうとして来たが、その全てをジェイスと克臣が反対に叩き落とす。昌常と銀の鳥は、何者にも邪魔されずに見詰め合う。
そして、変化は突然訪れた。
「……何だ?」
銀の鳥が不意に上を向くと、ピィーっと笛のような甲高い声で鳴いた。すると鳥の周囲を半透明の膜が丸く覆い、その膜は突如膨れ上がる。
膜にあたった黒い鳥たちは、その瞬間に消滅していく。近付いて来るそれに危機感を覚え、リンは素早く指示を出す。
「全員逃げ……」
「大丈夫だ。オレたちに危害は加わえられない」
焦るリンの肩に手を置き、昌常は彼を下がらせた。何か言おうと口を開きかけたリンも、確かに自分に触れていった膜がただ通過して行くのを見て口をつぐむ。膜は人間たちを通り過ぎ、ただ黒い靄を基礎に持つ黒い鳥たちだけを消していった。
「凄い……。なんか、雲海みたいだ」
「それ、映像でしか見たことないな。確かにこんな感じなんだろう」
「そうなのか? この辺りの谷じゃ、時々見られるぞ」
まるで、雲海の中に閉じ込められた様。思わず呟いたジュングは、反応を示した唯文に向かって「綺麗だから見に来いよ」と誘った。
銀の鳥から広がる半透明な雲海は、やがて森の隅々まで到達する。そうしてようやく、ゆっくりと空気に溶けるようにして消えていった。
「ようやく落ち着いたか」
静けさの戻った森を見回し、昌常はほっと息をつく。そしてスイッと傍に飛んで来た銀の鳥に腕を貸してやると、鳥はそこに足を置いた。
クルル、と甘えた声で鳴く鳥の背を撫でてやり、昌常はぐるりと周りを見渡した。
「全員無事なようだな」
「お蔭様で。というか、あっけなくて驚くことも出来ませんね」
結局、銀の鳥の力で黒い鳥たちは消えた。あれほどの激戦を繰り広げる必要があったのか、疑問に思うくらいには呆気ない。リンがそう口にして苦笑すると、彼の肩にジェイスが手を置いた。
「必要はあっただろうと思う。昌常さんがここへ来て下さったからこそ、あの鳥は本来の力を取り戻して発揮することが出来たんだろうしね」
「そうは思いますが……」
「ははは。ただの木こりのオレにも、案外役立つことがあったんだな」
昌常は笑い、右腕に留まって大人しくしている銀の鳥に向かって話しかけた。
「なあ、鳥よ。こいつらは銀の花の種を探す旅をしているんだ。渡してやってくれないか?」
「……」
白く輝く目を細め、銀の鳥はしばしリンを見詰める。リンも真剣にその視線を受け止め、変化を待った。
すると鳥はふるりと体を震わせると、翼を動かして飛び立つ。何度か旋回し、ついて来いとでも言うようにある方向へと飛び立つ。
「追いかけるぞ」
「うんっ」
リンと昌常を先頭に、晶穂たちも後へ続く。夜明けの近付く森の中、鳥は迷うことなくただ真っ直ぐに飛び続けていた。
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