第634話 靄のような敵

 そして翌日の夜、リンたちは再び森へ入った。すると前日の昼間とは打って変わり、動物の声が全くしない。

「もしかしたら……」

 早速キョロキョロと周囲を見渡した晶穂は、ふと負の雰囲気を感じて体をこわばらせる。それは彼女以外も同じで、ほぼ同時に同じ方向を振り返った。

「あれか」

「確かに、黒いもやみたいだね」

「ちょっと怖い……」

「大丈夫だよ、春直。みんな一緒だもん」

「あ、見て下さい! 形が」

 晶穂の指差した方向で、変化が起きた。広がっていた靄が、幾つかに分裂した上で形を変え始めたのだ。

 見守るリンたちの前で、それらはゆっくりと小さな塊となる。更に左右に広がり、翼を羽ばたかせた。その姿に、ジスターが息を呑む。

「黒い……鳥!」

「そういうことかよ」

 克臣が駆け、大剣を振るう。すると彼の着地場所を開けるように黒い鳥たちは左右に移動し、着地と同時に殺到した。

「――!?」

「克臣!」

 ジェイスが瞬時に空気からナイフを無数に生成し、群れに向かって投げつける。それで数羽貫かれて消えたが、他は中央からの斬撃で消し飛ぶ。

「油断も隙もないな。あいつらが、銀の鳥が探してる黒い鳥か?」

「その可能性は高そうだ。……消し飛ばしたと思ったけど、何度でも蘇るのかな?」

 にこりと微笑んだジェイスの前には、散った靄から生まれた鳥たちが再び浮かび上がっている。そして、その数は先程までの倍になっていた。

「これは、斬れば斬っただけ増えるのか?」

「やってみないことにはわかりませんね」

 唯文は克臣に倣い、突進して来た黒鳥を真っ二つに割る。するとやはり、鳥は二羽に増えて襲い掛かってきた。

「やっぱりか!」

「じゃあ、ぼくが!」

 飛び出したユキが魔力を使うと、黒い鳥がその形を保ったまま地面に落ちた。ずぼっという音をたて、氷の塊が土に突き刺さる。

「……」

「……あれ? 靄に戻らない?」

 じっと観察していたユキと春直が首を傾げ、近くにいたジスターが「もしかして」と呟く。飛び込んで来た黒い鳥を一羽靄に戻すと、二人に向き直った。

「靄は細かい水の集まりだ。だから、凍らされて氷と同化したのかもしれない」

「そっか。ぼくの氷で……ってことは」

 何かを閃いたらしい。ユキはジスターに屈んでくれるよう手で合図し、彼の耳にひそひそと何かを囁いた。ジスターは目を見開き、頷く。

「それでいこう」

「うん。――よし、片付けちゃお!」

 おーっと拳を突き上げたユキにつられ、ジスターも胸のあたりまで拳を上げかける。そこで思い留まり、苦笑して阿形と吽形を呼び出した。

 現れた二頭の魔獣は、水属性のために半透明だ。初めて魔獣を見たアルシナとジュングは目を丸くし、ジュングが「なあ」とジスターに問いかける。

「ジスターっていったっけ? どうするんだ?」

「こうする」

 そう返答すると、ジスターは魔獣たちを走らせた。ほとんど音もなく駆ける二頭を、黒い鳥たちが誘われ追いかける。充分走ったところで、二頭は急停止して反対方向へと全速力で走った。

 つまりは今来た道を戻って行くのだが、驚いたのは黒い鳥たちだ。中にはこれ幸いと魔獣たちに向かって鋭い爪を剥き出しにするものもいたが、それこそジスターたちの思う壺だ。

 周りでは、リンやジェイスたちが黒い鳥を相手に奮戦している。斬っても斬っても苦戦を強いられるだけだとわかっているからか、いなしたり躱したり、剣の腹でホームランを打つように叩きつけたりしていた。

 しかし当然ながら、その程度で戦闘不能にはならない。ジスターは、充分に黒い鳥たちが阿形たちに引き付けられた瞬間に声を上げる。

「――今だ!」

 パンッと二頭の魔獣が弾けた。水風船が弾けるように、大量の水が噴き出す。それを真正面から浴びて、黒鳥たちは急ブレーキをかける。

 しかし、もう遅い。控えていたユキが、両手に抱えていた冷気を放つ。それは吹雪となり、濡れそぼった鳥たちに襲い掛かった。

「体の芯から凍っちゃえ!」

 ユキの言葉の通り、吹雪に襲われた黒鳥たちはすぐに体の中から凍り始める。苦しげに呻く様子を見せるが、それも一瞬のことだ。もともと靄という水の粒子から構成される彼らは、凍らされることにとても弱い。

「さあ、こうしちゃえば後は……」

「割るだけってことだな」

 リンはニヤッと笑うと、容赦なく剣を振り下ろす。バキンッという音が響き、鳥の形をしていたものが粉々に砕け散った。

「――成程」

「水と氷、それぞれの魔力属性をうまく活かしたね。ユキ」

 克臣とジェイス、そして他のメンバーたちも、ユキとジスターが凍らせて動かないようにした鳥たちを倒していく。凍って動きを封じられた鳥たちはなす術もなく、大人しく倒されていく。

 しかし、凍らされたものが全てではない。ほんの一握りだが一部がユキたちの攻撃をすり抜け、生き延びていた。

 それに気付いた晶穂が、自分の背丈よりも少し高い位置にいたそれらに向かって氷華を突き出す。その一突きはひらりと躱され、鳥たちはより高くへと飛び去ろうとした。

「――あっ」

 それは、誰の声だったのか。生き残った黒い鳥たちが逃げようとした矢先、彼らが向かおうとした方向から、凄いスピードで何かが迫って来る。白い弾丸は、そのまま黒い鳥たちにぶつかった。

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