第632話 無精ひげの木こり

 銀の鳥と一戦交えた翌日、リンたちは隠れ里を取り囲む森に入っていた。鬱蒼とした中ではなく、人の通る道があり明るいところである。

「こっちですか、団長?」

「ニーザさんによれば、そうだな。この先にいる」

 リンの返答に頷き、唯文はぐるりと周囲を見渡す。見えるのは木々ばかりだが、見通しが良い。

「確かに、人が暮らしている気配がありますからね。何度も人が通ることで、砂地が見えて道になっていますし」

「……ねえ、何か聞こえない?」

 ぴくりと耳を動かして指摘したのは、狼人のユーギだ。同じく獣人である春直と唯文も耳に神経を集中させ、目を合わせる。

「確かに聞こえます」

「動物の鳴き声のようですけど」

「……獣の喧嘩だと、巻き込まれたら厄介だな。相手がわからない以上、慎重に進もうか」

 ジェイスの言葉に、克臣たちも頷いた。

 それから、無駄話はせずに静かに白い砂の道を辿って行く。ニーザには、ただ道を辿れば着くと教えられている。

 しばらく歩くと、獣人ではないリンたちにもはっきりと声が聞こえるようになってきた。

「これは……」

「少なくとも、喧嘩の声ではないですね」

「というか、歌っている?」

 顔を見合わせ、リンたちは歩くスピードを上げた。そして小さな小屋が見えて来た段階でスピードを落とし、木の陰から覗いてみる。彼らの目に映ったのは、鹿や狸といった動物たちに囲まれて薪を斧で割る男の姿だ。

「無精ひげ、四十代、動物に好かれる男の人……。ニーザさんの言った通りの人相だね」

 ひそひそと小声で言うのはユキだ。確かに男は口の周りにひげを生やし、黙々と斧を使いこなしている。その表情は真剣そのものというか、無表情で感情を読み取ることは出来ない。

 しばし様子を見ていたが、状況が変わるわけもない。ジェイスは肩を竦め、腕を組んだ。

「このまま覗いていても、埒が明かないね。問題はどのタイミングで出るかだけど」

「――そこに何人もいるだろう。何者だ?」

 男の誰何と同時に、彼の周りにいた動物たちのまとう雰囲気が変化した。威嚇の気配が漂い、リンたちは顔を見合わせ肩を竦めた。獣人のメンバーは気配にあてられ、鳥肌を立てている。

「見付かっちゃった」

 ユキが大袈裟に「あちゃあ」と言うのを横目に、リンは覚悟を決めて木陰から出た。それを機に仲間たちもわらわらと出て、予想以上の人数に男は目を見張る。

「……そんなにいたのか」

「お仕事のお邪魔をしてしまい、申し訳ありません」

 リンは折り目正しく頭を下げ、自分たちはニーザに紹介されて来たのだと明かす。すると男は瞬きを何度か繰り返した後、そうかと方の力を抜いた。

「あの人には、オレも昔から世話になっている。その紹介なら、無下には出来んな」

 そう言うと、自分を取り巻いていた動物たちに「大丈夫だ」と微笑む。すると動物たちのまとう気配が変わり、各々ばらばらに森の中へと消えていく。

「さて、その辺に適当に腰掛けるか立っていてくれ。すまないが、椅子は人数分ないんでな。話を聞こう」

 先程まで薪を割っていた切り株に腰掛けた男は、正体不明の青年たちが各々いる場所を決めるのを待ってから口を開いた。

「で、お前らは何が訊きたい?」

「その前に、名乗らせて下さい。俺はリン。ソディリスラで、銀の華という自警団の団長をしています。そして……」

 リンに続き、ジェイスや晶穂たちも簡単に自己紹介をする。更にアルシナとジュングも竜人であることは伏せて魔種だと名乗り、一巡したところで男は小さく笑った。

「お前ら、かの有名な自警団だったか。オレは滅多に町には行かんが、それでも耳に入って来る程度には有名だぞ、お前ら」

「お蔭様で。色々な話が飛び交っているとは思いますが……」

「まあ、いいさ。オレは昌常まさつね。見ての通り木こりをしている魔種だよ」

 黒髪を無造作に束ねた昌常はそう言うと、身を乗り出した。

「そろそろ良いだろう。ニーザさんの紹介だ。無下にはしない」

「ありがとうございます。実は、昌常さんの祖先についてお訊きしたいこととお願いがあります」

「祖先?」

 首を傾げた昌常に、リンの斜め後ろからアルシナが身を乗り出す。

「昌常さんは、この辺りに伝わる鳥の言い伝えをご存知ですか?」

「鳥の言い伝えっていやあ、あれだろ? 昔々、男が弱った鳥を介抱してやったがそいつは死んじまったっていう」

「そう、それです」

 大きく頷くアルシナの翡翠色の瞳を眺めてから、昌常は「はぁ」と息を吐き出した。ガシガシと頭を掻き、天を仰ぐ。

「……。そういや、あの人には昔話したっけか」

 お前らがここに来た理由がわかったよ。昌常はそう呟き、顔をしかめてから両手を挙げて降参の意を示した。

「オレは、だ。で、その上でオレに何をさせたい?」

「信じられないかもしれませんが、俺たちはその言い伝えに出て来る鳥と会いました。俺たちの目的を達するためには、鳥の願いを叶えなければならないんです」

「……オレに話せる範囲で良い。事情を説明してもらおうか」

「わかりました」

 膝に肘を置き両足の真ん中で指を組んだ昌常に、リンは銀の花の種を集めなければ自分が死ぬことを含めて今までのことをまとめて語った。サーカス団との戦闘については、軽く触れる程度で済ませる。

「……という過程を経て、俺たちはアルシナたちの協力を得て森に入りました。銀の鳥は俺に自分の過去の記憶を見せて、助けてくれたその人に会いたいのだと伝えてきたんです。もう一つ、鳥には願いがありましたが……そちらは」

「――復讐だろ。自分を殺した黒い鳥たちへの復讐」

「何故、それを」

「オレの祖先は、もしかしたらということを考えていたらしい。オレの家に、記録が残っているんだよ」

 待っていてくれ。そう言い置くと、昌常は自宅の小屋へと入って行った。

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