第631話 懐かしい味

 里に着く頃には、辺りは暗くなっていた。家々の明かりがぼんやりとついていて、雰囲気を醸し出す。

「お帰り。種を手に入れることは……出来なかったようだね」

 リンたちの様子を見て、出迎えたニーザは肩を竦めた。そして彼らを招き入れると、お茶を入れてくれる。

「その様子だと、食事もまだだろう? 軽く食べるかい?」

「そんな。そこまで甘えるわけには……」

「まあまあ。すぐに動きたいだろうが、わしも人数分作っていたしね。年寄は、昼間暇なんだよ」

 遠慮するジェイスを笑顔で説伏せると、ニーザはアルシナと晶穂を指名してキッチンへと向かった。

「聞きたいことでもあるんだろう? この里の人間性じゃ最高齢だからね、少し待っておいで」

 そう言い置かれてしまうと、リンたちも待たざるを得ない。何となく手持ち無沙汰で、ふとジュングが疑問を口にした。

「そういや、そこの人はこの前までいなかったよな。新入り?」

「オレは……」

 言葉に詰まり、ジスターは視線を彷徨わせる。しかしリンが彼の肩を叩き、代わりに紹介しようと身を乗り出す。

(駄目だ)

 黙っていれば、リンはジスターが言いたくないことは伏せてジュングに話すだろう。ジュングは銀の華の正式な仲間ではなく、この里の住人だ。しかし、銀の華とは浅からぬ縁があるらしい。ジスターはまだ知らないが、今後も関わる可能性がある以上、適当な態度で向き合うわけにはいくまい。

「リン、オレが自分で話す」

「ジスター……。わかった」

 無理はしなくて良い。そっと耳元で囁かれた言葉が、無性に優しく聞こえる。ジスターは頷き、黙って待っているジュングに向き合った。

「――オレはジスター。ジスター・ベシア。オレは以前、リンたちと敵対するグループのメンバーだったんだ。自分がどうしたいのかわからなくなっていた時に彼らに救われて……自分で銀の華の力になりたい、こいつらと共に居てみたいと願ってここにいる」

「成程ね。僕はジュング。さっきいたアルシナは僕の姉だ。……こいつらに命を救われて、村の危機もこいつらのお蔭で乗り切れた。それにジェイスは……」

 ちっ。ジュングがわかりやすく舌打ちをした。それを見て、ジェイスも微苦笑を浮かべるしかない。

「――コホン。まあ兎も角、僕もこいつらには恩義がある。だから、困っているなら助けになりたい。あんたのことは、ジスターって呼べば良いか?」

「え? あ、ああ」

「僕のことはジュングで良い。——あ、お帰り姉さん」

 ジスターの返答を待たず、ジュングは部屋に入って来たアルシナのもとへと行ってしまう。そして彼女からお盆を一枚受け取り、上に載っているカレーライスを机の上に置いた。

「ありがとう、ジュング。みんな、人数分ちゃんとあるから少し待っていてね」

「カレー!」

「……え、カレーって『日本』の」

「俺たちやテーマパーク以外でお目にかかるとはな」

 ユーギが目を輝かせ、唯文が戸惑い、克臣が面白そうに笑った。

 それぞれの反応の違いを面白いと思いつつ、アルシナの後に部屋へカレーライスを運んだ晶穂が種明かしをする。

「日本と繋がっていた期間って、結構長かったんだって。数十年単位。その間に向こうから来た人に、カレーライスの作り方を教わったんだってニーザさんが言っていたよ」

「……まさか、また食べられるなんてな。ほら、こっちにくれ」

 リンは晶穂からカレーライスを受け取ると、すっと立ち上がる。そして彼女のお盆から残りの皿を受け取ってジェイスとユキの前に置いた。晶穂は両手にお盆を持ち、少しふらついていた。危なっかしい、とリンは手を差し伸べたのである。

「あ、ありがと」

「いや」

「あらあらあら」

 ぎこちなさの残る晶穂とリンのやりとりに、残りのサラダを運んで来たニーザが楽しそうに微笑む。ただ小さく笑うだけで何も言わないのは、彼女が大人だからだろう。

「アルシナちゃんの言った通り昔の家庭の味さ。口に合うかはわからないけれど、食べながら話せば気も楽でしょ」

「あ、ニーザさん。飲み物は僕が……」

「ありがとう、ジュング」

 勝手知ったるという態度で、ジュングはキッチンから飲み物の入ったポット型の容器を持って来た。そこからアルシナが並べていくコップに緑茶を注いでいく。

「ありがと、姉さん」

「うん。配ってくね」

 一つずつコップを置いていくアルシナを横目に、ジュングはふと目の合ったジェイスに「ふふん」というドヤ顔を見せた。

「……」

「ジェイスさん、相変わらずだね」

「春直にまで言われちゃ、わかりやす過ぎるな」

 そっと耳打ちしてきた春直に苦笑を見せ、ジェイスは配られた緑茶を一口飲んだ。

 全ての支度が整い、全員で「いただきます」と日本式に手を合わせる。

 カレーライスは二日目が美味しいと言うが、一日目もそれの良さがある。甘口寄りに仕上げられたそれは年少組の口にもあったらしく、無言でスプーンを動かしていた。

 彼らの満足そうな顔に笑みをこぼし、ニーザは「さて」とリンに視線を向ける。

「知りたいことを聞こうか。答えられるかは、定かでないがね」

「はい。実は、守護の……言い伝えの鳥を助けた男の子孫を探したいんです」

「言い伝えの……? もう少し詳しく、教えてくれるかい?」

「はい」

 リンは頷き、ニーザの求めに応じて話し始めた。皆何となく食事の手が止まり、話に聞き入る。

「話しながら食べて良いから、温かいうちに食べてしまいなさい」

 ニーザに苦笑され、皆慌てた。その間にも、リンを中心に銀の鳥が求める試練の内容が語られていく。

「成程、ね」

 一つだけ、心当たりがある。ニーザの言葉に、銀の華全員が身を乗り出す勢いで彼女を見た。

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