第630話 叶えてやりたい

 このまま戦っていても埒が明かない。それは、その場にいる全員が何となく察していたことだ。けれど、この状況を脱する条件が厳し過ぎる。

「あの鳥を殺した鳥たちと、世話した人を探すって……正気か?」

「正気だよ、ジュング。そうしなければ、あの鳥の未練は永遠に断ち切れない」

 リンは真剣な顔で頷き、突っ込んで来た鳥を剣でいなした。

「俺としては、殺されたから殺し返したいっていう考えには賛成出来ないけどな。世話した人の……子孫が見付かれば良いんだけど」

「手がかり少な過ぎないか?」

「この鳥さんが教えてくれるわけもないし……」

 ジュングとアルシナが言い合い、うーんと頭を抱える。彼らの隣で、晶穂は柔らかく微笑んだ。

「でも、お礼を言いたいっていう願いは叶えてあげたい。思いは残るから」

「だね。……でもまずは、これどうにかしないと。動くに動けないよ!」

 ユキの言う通り、鳥の猛攻は続いている。翼が硬化しているのか、克臣の大剣とぶつかって金属音を響かせた。

「こいつ……、戦いが長引けば長引く程強くなるぞ」

「死んじゃった時の状況が状況なだけに、ね」

「一度退却したいところですが、簡単には離脱出来そうにありませんね」

「一旦倒す、しかないか」

 リンは立ち上がると、真っ直ぐに銀色の鳥を見詰めた。鳥もリンの視線に気付き、旋回する。

「……どうする」

「オレが隙を作る。それを叩け」

「ジスター」

 名を呼ばれて口元だけで微笑んだジスターは、魔獣たちを下がらせ両腕を前に伸ばして手を握った。そして魔力をためると指を解いて激流を生み出す。

「はぁっ」

 ゴッという音と共に、圧縮された水が奔流となって走り出す。惰性で広がるのではなく、真っ直ぐに銀の鳥へ向かって突き進むのだ。

 流石の鳥も激流に追われるとは思っていなかったらしく、慌ててこちらに背中を見せた。一目散に逃げることに必死で、後ろががら空きになる。

「……今だ」

「ああ」

 ジスターの囁き声を聞き取り、リンは走り出す。瞬速で飛び回る鳥に追い付くのは至難の業だが、それはユキとジスターの合せ技でクリアする。

「行くよ、ジスター!」

「おう」

 ユキは氷の魔力を全身にまとうと、粉雪とダイヤモンドダストを合わせたような吹雪がジスターの奔流に追い付く。二つが触れ合うと、そこから一気に氷結する。パキパキと音をたてながら、水は勢いを弱めることなく鳥を追い詰める。

 水流を辿る吹雪は、通り道を全て氷に変えていく。やがて周囲は、蔦のように絡まった氷のアーチに閉ざされた。

「氷の国みたいだな」

「木々も相まって、あの鳥も飛びにくそうだ」

 ジェイスと克臣の言う通り、今や森は氷の彫刻に支配されていた。冷え冷えとした空気が漂い、銀の鳥は飛びにくそうに小刻みに動いている。

 その間にも奔流は鳥を追い、徐々に距離を詰めていく。そして、その尾を捉えた。

「「今だ!!」」

「――っ!」

 水流の先が花びらのように開き、鳥を飲み込む。そして氷の塊と化したそれに、リンが斬撃を叩き込んだ。

「だぁぁっ!」

 バキッという氷の割れる音が響き、拘束されていた鳥が衝撃で吹き飛ばされる。勢い良く大きな木の幹にぶつかり、動かなくなった。

「……やった?」

「いや、油断は……」

 ひそひそと言い合う年少組の会話を聞きながら、リンは伸びた鳥の前に片膝をついた。

「俺たちが、きっとお前を助けた誰かを見付ける。本人ではないだろうが……。だから、待っていてくれ」

 勿論、言葉を持たない銀の鳥が何かを発するわけではない。しかし鳥はむくっと立ち上がると、じっとリンの表情を窺うように見詰めた。

 その鳥の姿に、仲間たちは一様に驚く。

(こいつ、あれだけの攻撃を受けながら動けるのか!?)

(確かに、これは願いを叶えないと種を得ることは難しそうだね……)

 克臣とジェイスは反対のことを考えていたが、多かれ少なかれ皆考えることは似通っている。

 リンはそんな仲間たちの視線を浴びながら、真剣な表情で鳥の視線を受け止めた。しばらくすると、鳥は一声「クックー」と鳴いて飛び立つ。

 鳥の姿が森の中へ消え、晶穂はリンに近付いて首を傾げた。

「わかってくれた、のかな?」

「さあな。……けど、これで後には引けなくなった」

「最初から引く気なんて、兄さんはないだろ?」

 ユキに当てられて、リンは「まあな」と微笑む。

「負け戦はしない。それに、あの鳥の必死な姿を見ていたら、叶えてやりたくなったっていうのが本音かな。……脳裏に浮かんだんだ。あいつが、誰かと一緒に過ごして幸せだったっていう記憶の風景が」

「兄さんは優し過ぎるよ。だけど、だからこそ僕らの団長なんだよね」

「自分で団長だって言うのはこっぱずかしいけどな。一先ず、里に戻ろう」

 リンの号令に従い、一行は氷が解け始めた森を後にした。

 いつの間にか夕暮れが深まり、氷が夕日を浴びてキラキラと輝いている。克臣と唯文、ジュングが剣と神通力で行く手を阻む氷を砕きつつ進む。

 彼らの手際を見ながら、リンはふと思ったことがあってアルシナに話を振った。

「アルシナは、銀の鳥の恩人について気付いたことはないか?」

「そうだね……もしかしたらその時代私たちは生きていたのかもしれないけれど、誰かっていうことはわからないな。ニーザさんが何か伝え聞いていると良いけど」

「わかった。ありがとう」

 リンはジュングにも話を聞こうと、先頭を行く彼らに追い付こうと駆け出す。それを見送ったアルシナに、今度は晶穂が並んだ。

「アルシナさ……」

「アルシナって呼んでよ、晶穂」

「じゃ、じゃあ、アルシナ」

「何?」

「……お義父さんの様子はどう?」

 晶穂の瞳が揺れるのを見て、アルシナは小さく肩を竦めた。そして、ゆっくりとかぶりを振る。

「見通しは立たずっていう感じだよ。でも、義父さんは呼吸が安定しているし、何より竜人だから。絶対に目覚めるって信じてる。私もジュングも」

「わたしも、ヴェルドさんとお話したいな」

 ほんのわずかしか、ヴェルドと話した記憶がない。晶穂がそう言って微笑むと、アルシナも嬉しそうに目を細めた。

「そろそろだな」

 ジスターの言う通り、里の風景が近付いて来た。

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