第629話 崩れかけの祠
「待て!」
リンが追うのは、先を行く銀色の鳥。待てと言われて待つようなものではないとわかってはいるが、口に出てしまうものである。
(何処まで行く気だ?)
既に里を出て、森に分け入って十分以上が経過していた。平坦な道は既になく、岩場や小川、岩盤がむき出しになった場所など凹凸の多い道をただひたすらに走っている。
走っているのはリンだけではなく、晶穂やジェイス、アルシナたちも同じだ。時折誰かが転びかけるが、近くにいる別の誰かが手を貸し助けて前へ進み続けている。
「わっ」
「大丈夫? ユーギ、気を付けて」
「ありがと、ジェイスさん」
そんな会話がすぐ近くで聞こえる。リンの真横では、弟のユキが並走している。
「兄さん、この先に何があるか知ってる?」
「いや。でも、何もない場所に向かわないだろ」
「だね。……何か見える?」
ユキが目を細め、指差した。その先を辿ったリンが見たのは、苔生した岩の塊。リンの膝くらいまでの高さのそれを前にして、リンは膝を折った。
鳥はといえば、彼らを眺めるように高い木の枝で羽を休めている。
「……」
苔や落ち葉、その他諸々のもので埋もれているが、岩の塊にはただの岩ではない雰囲気を感じた。リンは岩の前に立つと、折り重なっているものを一つずつ剥がしていく。それを見ていたユキも手伝い、すぐにそれの正体が露わとなった。
「これ……」
「多分、これがニーザさんの話していた祠だろうな。崩れてはいるが」
リンの言う通り、祠の天井になっていたらしい岩の板は折れて傾き、木の扉は半分程朽ちていた。
「中に、何か見えるよ?」
ユキの言う通り、壊れかけた祠の中に何かが見える。仲間たちも順次到着し、ユーギが気を見上げて目を見張った。
「え、ここに鳥いるの!?」
「様子見ってことか。リン、何があっても俺たちも共に対処する。中のそれ、引き出して良いぞ?」
「……わかりました」
一呼吸置き、リンは右手を伸ばして祠の中の何かに触れようとする。小さくて丸いものに指先が触れた時、そこから腕へ、そして体へと脈打つような痛みが駆け抜けた。
「――っ!?」
「兄さん!?」
「これは……」
リンの脳裏に、ぼやけた映像が映し出される。はっきりとしないそれを確認しようとリンが額に触れた直後、木の枝に留まっていた銀色の鳥がけたたましい鳴き声を上げた。
「わっ!?」
「来るぞ!」
鋭い弾丸のように飛びかかってきた鳥を躱し、ジェイスが弓矢を構えながら叫ぶ。
ユキは氷の壁で兄を守り、リンは片膝をついたまま動かない。すばしっこいユーギと春直が鳥を追うが、あと少しのところで躱される。
「おっしい!」
「数で来ないだけましだな」
頬を膨らませたユーギの前に跳び下りた唯文が斬撃を放つと、鳥の向かう先にあった木が音をたてて倒れていく。それを躱した鳥の前に、春直が操血術の網を張る。
「いっけぇ!」
大きく広がった蜘蛛の巣状の赤い網が広範囲に広がって鳥の行く手を遮り、その翼を絡め捕ろうとした。しかし翼の先をかすめることには成功したが、全身を捉えることは出来ない。鳥は翼を畳んで体を薄くし、網の目を掻い潜って空へと逃げた。
まさか逃げられると思っていなかった春直は、目を丸くして声を上げる。
「何あれ!」
「単純な鬼ごっこじゃないってことか。姉さんは隠れてて」
ジュングは呟くと、落ちていた枝を数本宙へと放る。そして竜人の力である神通力を使い、枝を弾丸のように飛ばした。それでも鳥は後頭部に目が付いているのかと疑いたくなる程華麗に枝を躱し、枝は遠くの木の幹に突き刺さる。
(守られるだけになりたくない、けど)
アルシナはジュングとジェイスに挟まれる形で隠れているが、自分に神通力がないことが悔しく密かに奥歯を噛み締めた。
「――っ、攻撃するだけじゃ駄目なのか?」
ジェイスは自分が同時に放った五本の矢が全て空振りに終わったのを眺め、ふむと腕を組んだ。彼の視線の先では、克臣とユーギ、そして魔獣を召喚したジスターが鳥を捕まえようと躍起になっている。
その時だった。彼らは鳥をリンに近付けないよう連携を保って戦っていたが、リンの状況にまでは目を配ることが出来ていない。リンのもとにはユキと晶穂がいて、彼の変化にいち早く気付いた。
「兄さん?」
「リン? ……何処、見てるの?」
「……」
ユキと晶穂が問いかけるも、リンは応じない。彼の目はここではない何処かを見ているように虚ろで、ユキと晶穂は顔を見合わせ同時に叫ぶ。
「兄さん!」
「リン!」
「――っびっくりした……」
耳元で叫ばれ、流石に意識を飛ばしていたリンも我に返る。それから涙ぐむ二人の頭を撫で、表情を改めて飛び回る鳥を見上げた。
「兄さん、どうかした?」
「あの鳥、何かを探してるんだ。ずっと、守護として目覚めてから」
「探してる……?」
三人が見たのは、逃げ続け躱し続ける銀色の鳥の姿。鳥が何を探しているのか、リンは鮮明になった脳裏の映像を思い出し、それを口にした。
「あいつは、ずっと自分を殺した黒い鳥たちを探している。奴らに一矢報いて、自分を助けてくれた男に礼を言いたいんだ」
「でもそれって……」
晶穂の眉がハの字に下がる。彼女の言わんとしていることを察し、リンは「そうだな」と頷く。
「両方、過去のものだ。でもおそらく、それを解決しないと種は手に入らない」
いつの間にか、崩れかけた祠には、結界のようなドームが形成されている。それに触れようとした克臣の指が弾かれ、「――っ」と顔を歪めた。
「痛ぇ……。つまり何だ? 黒い鳥と助けた男を探せってか?」
「おそらくは、ですけど」
既に死んでいるものを探せとはどういうことか。リンは答えを求め、飛び回り時折突進して来る鳥を見詰めた。
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