第628話 昔話の残り香

 昔、竜人たちですら一世代前という大昔のこと。今の隠れ里がある場所に、同様に集落があったという。どんな人々が暮らしていたかという記録は残っていないが、一つの言い伝えを残した。

「それが、白い鳥の話だ」

「白い、鳥」

 ニーザの言葉に、リンの脳裏にはすぐ傍を通って行った鳥のことが浮かぶ。種のある場所で、遅かれ早かれ守護やそれに付随する何かと出会って来た。今回もそれだということだろう。

「ある時、集落の若者が不思議な鳥を拾った。普通の鳥ではなく、銀色の光っていたのだそうだ。弱っていたそれの世話をかいがいしくしたお蔭か、鳥はみるみる元気になったとか。しばらく共に暮らしていたが、野生のものは野生へ帰すべきということで森に放すことになったという」

 若者は別れを理解出来ない鳥を森に置いて、その場を去ろうとした。しかし当然鳥は彼を追おうとし、背後から来る黒い鳥の集団に気付いていなかった。

「黒鳥は目立つ銀色の鳥を集団で襲い、悲鳴を聞いて駆け戻った若者が見たものは見るも無残な鳥の姿だった。若者は早計だったと嘆いたが、どうしようもない。血だらけの鳥を抱き締め、泣きじゃくる若者。しかしふと、鳥の亡骸なきがらが光りを放っていることに気付いた」

 朗々と流れるニーザの声。物語は佳境へと差し掛かり、一行は固唾を呑んで見守った。

「若者の腕の中で、鳥は小さな種へと姿を変えた。彼はそれを家に持ち帰り、年老いて集落の長となってからも土に埋めずに祠に祀っておいたという」

「それが、咲くことはなかったという話の全て……」

「その種は、同じ場所に集落があったというのならここにあるんですか?」

 克臣の問いに、ニーザは「いや」と首を横に振った。

「わしもあるのではないか、と思い探してみたのだがな。それらしいものも祠も見付からなかった」

「そうなんですね……」

 そう簡単には見付からないか。克臣が肩を竦めた時、彼の隣に座っていたユキが手を挙げた。

「あ、でもっ」

「どうしたんだい、ユキ?」

「言ってみろ」

 ジェイスと克臣に促され、ユキは「はい」と大きく頷いた。

「僕たち、ここに来る途中に銀色の鳥を見ました!」

「何と、そうなのかい?」

「はいっ」

 大きく頷いたユキは、リンをちらりと振り返る。話しても良いかという意思確認だが、リンに断る理由はない。

 リンが頷くと、ユキはこの里に来るまでのことをかいつまんで話した。リンの傍をかすめるように飛び去った鳥。リンの体に痛みが発したことから、種の守護である可能性が高いこと。

 ユキの話を聞き、ニーザは天井を仰いだ。アルシナとジュングも顔を見合わせ、ふむと考える。

「確かに私も最近銀色の鳥を見たけれど、その前後に何かあるってことはなかったな。ただ野生の鳥が飛んでる、くらいの感覚だった」

「……僕も、何度か見かけた。何処かに向かっているのか、毎回同じ方角に飛んでいくような気がする。一度追い掛けたことはあるけど、途中で見失った」

「何処か、目的地があるのか……?」

 ジェイスの呟きに、明確な答えを持つ者は誰もいない。沈黙がその場を支配した。

 しかし、ずっと黙っているわけにもいかない。リンは「ニーザさん」と沈黙を破った。

「この辺りで、聖地や禁足地なんて呼ばれて人の立ち入りが制限されている場所はありませんか? そういう場所に、もしかしたら言い伝えの祠があるかもしれません」

「この森自体、竜化国の人々からすれば禁足地のようなものじゃ。首相がこの辺りを国定公園に指定して、無許可での立ち入りを禁じておるからな」

「……え、おれたち普通には行っちゃいましたけど大丈夫なんですか?」

 今更ながら、と唯文が呟く。それを聞いたニーザはふっと柔らかく微苦笑を浮かべた。

「大丈夫だよ。この国の首相は、ちょっとわしと縁のある者でね。この里を守るために、そんな法律まで作ってしまったのさ」

「タオジ首相とニーザさんってどんな関係……?」

 アルシナがおっかなびっくりしながらも尋ね、ジュングは目を丸くしている。どうやら、この二人も知らない関係性だったらしい。

 ニーザは二人の反応を楽しみつつ、湯飲みから茶を一口飲んだ。

「ちょっとした、昔の知り合いだよ」

 わしの話はここまでにしよう。ニーザはそう言って話題を打ち切り、元に戻す。

「さっきも言ったように、この森自体が禁足地と言っても過言ではない。だけど、最も大切にすべき場所は、アルシナとジュングの方が詳しいんじゃないかい?」

「何かあるのか、アルシナ?」

 ジェイスが尋ねると、アルシナはこくんと頷いた。

「竜人の祖を祀ったびょうが、森の奥にあるよ。昨日そこに行ったけど、銀色の鳥はいなかった。……鳥が向かっていたのは、この里。だよね、ジュング」

「ああ」

 少し面白くなさそうに唇を尖らせているジュングは、窓の向こう側に視線を移す。そちらの方向には、彼ら姉弟の自宅があった。

「あのまま真っ直ぐ飛んでいるのだとすれば、ぶち当たるのは僕らの家。昔から竜人が住んでいたらしいから、古い家ではあるな」

「そうだね。でも、祠みたいなものは……あ」

「姉さん?」

 アルシナが視線を固定して固まり、ジュングは首を傾げた。そして姉の見ている方向を見て、思わず「あっ」と声を上げる。

「みんな、見て! あそこに」

「――銀色の、鳥!」

 窓の外に、何処かへ向かう銀色の鳥の姿が見えた。リンは素早く外に出ると、鳥の尾を目印に駆け出す。仲間たちもそれに続き、アルシナたちの家を通り過ぎて森に分け入った。

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