第627話 竜人との再会

 一晩過ぎ、竜化国の首都である牙城がじょうの港が見えて来た。竜人という存在が古くから語り継がれるこの国は、王政ではなく民間から選ばれた首相が政を司る政治体制を取っている。

 リンたちは以前、その政治家たちとひと悶着あったのだが、それを覚えている者は政治家の中にはいないはずだった。よって、彼らに挨拶する必要はない。

 牙城を中心とした国のざっくりとした地図が、公園の地面にブロックを使って描かれている。それを眺めていたユキが、里の位置に何も記載が無いことに気付いて指差した。

「流石に隠れ里はそのまま誰にも知られずにいるみたいだね」

「この人数でうろうろしていたら見咎められそうだし……どうしようか」

 春直の言う通り、リンたちは九人。森の中に入るだけでも、警備員がいれば声をかけられかねない。見付からなければ良いだけの話ではあるが、無用なトラブルは避けたかった。

「とりあえず、町に下りたら二手に分かれて里を目指そう。政府との無用な争いは避けていきたいのは本当のことだしね」

 ジェイスも言い出し、港へと下りたリンたちは二手に分かれた。リンと晶穂、唯文とユキの四人と、ジェイスと克臣、春直とユーギ、ジスターの五人だ。それぞれが別の入口から里を目指し、途中で落ち合う計画である。

「それじゃあ、後で」

 リンたちは東側の森への入口から入ると、そのまま北を目指す。ちなみにジェイスたちは西側にある入り口からだ。

「確か、アルシナには連絡済みなんだよね?」

 ユキの問いに、リンは「ああ」と頷いた。

 森の中には、目印になるものはない。しかし隠れ里の人々と銀の華だけが知っているわずかな目印を頼りに、道なき道を行く。人の目線よりも少し下、木の幹に付けられた傷。それが、里に許された者への目印となる。

「近くまで迎えに行くと言ったらしいが、流石に彼女らに来てもらうわけにはいかないだろう。それに、種の反応があるかもしれない。ジェイスさんが丁重に断ったと笑っていた」

「ふーん」

「ジェイスさん、アルシナのことを話す時は凄く優しい顔するもんね」

 くすくすと笑う晶穂に同意し、リンは目印を見失わないよう気を付けながら歩いて行く。

「そういえば、ここの守護について情報はあるんですか?」

 しばらく歩いていた時、ふと唯文が口を開いた。彼は四人の中で先頭を歩き、犬人の嗅覚を使って正しい道を辿っている。

「こういうやつがいる、という情報はないよ。以前アルシナが教えてくれた『白い種、花咲くことなく、おさの祠に置かれた』という文言くらいか」

「種のまま、祠に置かれているってことですか?」

「そのままの意味ならばな。まあ、その祠の場所が何処かっていうのが一番の問題だが……っ」

 その時、リンのすぐ傍を一羽の鳥が飛んで行った。鳥が通り過ぎる瞬間、ビリッと何かがリンの体に走る。思わず肩を震わせるリンを見て、晶穂が血相を変えた。

「リン!」

「大丈夫、ちょっと痺れを感じただけだ」

「いや、それ大丈夫な案件ではないと思う」

 冷静に突っ込みを入れるユキに肩を竦め、リンは大丈夫だと示すために手をひらひらとさせた。痺れは一瞬のことで、今は本当に何も感じない。

「今飛んで行った方角……里の方?」

「こんな鬱蒼とした森の中で、あんなにすいすい飛べるなんて……鳥って凄いな」

「一瞬しか見えなかったけど、白っていうよりも銀色っぽかったような」

「……」

 それぞれの感想をひっくるめた時、全員の頭に一つの可能性が浮かび上がった。今通り過ぎて行った鳥こそが守護ではないか、と。

「とりあえず、ジェイスさんたちと合流して里に入ろう。アルシナたちに話を聞かないといけないし、全てはそれからだ」

 しばし行くと、見たことのある景色に変わっていく。森の中ということに変わりはないが、木々がまばらになり、明るさが増してきた。

「あ、あれ里の入口じゃないかな?」

「本当だ。ジェイスさんたちじゃない? あれ」

「先に着いていたんですね」

 唯文の言う通り、里の入口に仲間たちの姿がある。更に彼らの傍にはアルシナとジュングの姿もあり、懐かしさに四人の足は速まった。

「アルシナ、ジュング。久し振り」

「晶穂、みんなも久し振り。元気そうでよかった」

「よう」

 アルシナと晶穂は手を合わせて再会を喜び、ジュングも顔をしかめながらも短い挨拶をする。二人の翡翠色の髪と瞳は相変わらず美しく、晶穂は眩しげに目を細めた。

「アルシナ、ジュング。迎えてくれてありがとう。それで、早速で悪いんだが……」

「わかってます。まずは、長のところへ」

「頼む」

 ジュングを先頭に、リンたちは里の長であるニーザのもとを訪れた。

「よく来たね。元気そうで何よりだ」

「ニーザさんも」

 ニーザは齢八十を超えた老女だが、背筋を伸ばして座る姿には威厳すら感じる。

 順に挨拶を終え、リンが本題をと口を開く前に、ニーザが「種を探しているんだろう?」と言い出した。

「はい。銀の花の種を」

「簡単にはアルシナから聞いているよ。わしも詳しいわけではないが、一つ言い伝えを思い出したから伝えておこう。何かの足しにはなるだろうからね」

 そう言って、ニーザは以前アルシナの『白い種、花咲くことなく、おさの祠に置かれた』という言葉に繋がる物語を語った。

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