竜化国一つ目の種
第626話 竜化国へ
無事にノイリシアの港から出航したのは、城を出てから一時間程経ってからのことだった。人々が動き出す午前中、漁に出ていた船が戻って来るのと入れ替わりだ。
「風が気持ちいい……」
「お。あそこに見えるの、魚の大群だな」
甲板に出て、手すりに寄りかかった春直の髪がなびく。その隣で身を乗り出した唯文が指差した先には、魚の影が数え切れない程あった。
「この時期、海流に乗ってやって来る魚たちだろうな。……って、おい!」
ジスターの止める間もなく、二頭の魔獣は海水に溶け込み魚たちの間を器用に泳ぐ。魚たちもさして気にする様子もなく、唯文は笑った。
「ははっ。阿形と吽形、楽しそうだ」
「邪魔してやるなよ、お前ら」
彼らの傍には、パタパタとしっぽを振るユーギと笑顔のユキがいる。ユーギが魚の群れを指差す。
「今飛び込んだら、魚と一緒に泳げるかな!? 阿形たちもいるし!」
「一目散に逃げられると思うけど……」
「じゃあ、それ追いかける?」
「ふはっ。大パニックじゃん!」
けらけらと笑い出したユキと、それにつられたユーギ。更には唯文と春直も一緒に笑い出し、それを離れて眺めていたリンが小さく笑った。
「あいつら、何処にいたって元気だな」
「ああやって笑っていてくれるから、わたしたちも前を向けるのかもね」
「だな」
「それに、思いの外ジスターも馴染んでる」
「……早過ぎないか? まあ、動物に好かれるらしいから、子どもにも好かれやすいんだろうな」
晶穂の言葉に頷き、リンは小さくなっていくノイリシア王国と近付く竜化国を思った。
ノイリシアとソディリスラは地続きだが、竜化国は島国だ。そこへ行くには、船という手段しかない。現代日本ならば飛行機があるが、ここは地球ではなくソディールである。
「1日くらいはかかるみたいだから、慌てずにいようか」
はい。そう言ってリンにミネラルウォーターを差し出したのは、乗務員と話し込んでいたジェイスだ。
「流石に一つ大陸を迂回するんですから、それくらいはかかりますよね」
「途中、補給で南の大陸に二時間位停まるらしい。何か入り用のものがあれば、その時船を降りて買うと良いってさ」
「あそこは勝手知ったるですが……。わかりました、ありがとうございます」
水を一口飲み、リンはふむと何が必要かと考え始めた。その隣で、晶穂が「だったら」と顔を上げる。
「酔い止めとか要りますかね? 幸いみんな船に強そうですけど、海はいつどうなるかわかりませんから」
「確かに、あった方が良いだろうね。売店にもあったかもしれないけど、追加で買いに行こうか」
「ついでに何か土産買って行こうぜ」
ひょいっと顔を出した克臣は、ジェイスを横目で見てニヤッと笑った。それに対し、ジェイスは目を細める。
「……何?」
「何でもないけど?」
意味深に微笑み合う年長者たちに微苦笑を浮かべるしかないリンと晶穂は、年少組に名前を呼ばれて振り返る。
「ちょっと行ってきます」
「おお。よく見ててやってくれ」
「はい」
リンと晶穂が船の揺れに気を付けながら歩いて行くのを見守り、克臣はクッとためていた笑いを解放した。
「……笑い過ぎ」
「いや、だってさ。ジェイスお前気付いてるか? 一人になった途端、若干口元緩んでるぞ」
「そんなことはない。思い過ごしだろ」
「……ま、浮ついた気持ちでいたらいけないって思ってるんだろうけどさ。リンは、そんなこと全然気にしないと思うぞ?」
「……」
頑なだな。克臣は笑い、ジェイスの肩を叩いてから甲板へ向かって手を振る。
「お前ら、夕食前には戻れよ!」
「はい!」
リンの返事を聞き、克臣は「ちょっと部屋で寝とくわ」と言い置いて行ってしまった。ジェイスも戻ろうかと思ったが、ふとノイリシアを出る時のことを思い出す。
「絶対絶対絶対絶対絶ー対っ! また遊びに来てよね!?」
「勿論! サラも、いつでも帰って来てね」
今朝、サラとエルハが港まで見送りに来てくれた。その時既にサラは号泣しており、晶穂ももらい泣きして顔を赤く染めていた。
ぶんぶんと晶穂の手を振るサラに、エルハが苦笑をにじませて言う。
「サラ、そろそろ離してあげないと船が出てしまうよ?」
「だって……」
「サラ、ありがとう。わたしもサラと会えないのは寂しいから、また絶対来るね。だからサラも、リドアスに絶対遊びに来て?」
「うん。晶穂もみんなも、怪我しないように気を付けてね」
「ご武運を。願ってます」
「ありがとう。サラ、エルハ」
また連絡する。リンがそう締め括り、甲板へ上がった年少組が勢い良く手を振った。
船の汽笛が鳴り響き、海へと出たのである。
「……次は竜化国、か」
夕方が近付きつつある海を眺め、ジェイスは独り言ちた。船は客船のため、他の旅行客も多く乗り込んでいる。そこかしこで聞こえる談笑を聞き流し、ジェイスの思考は彼の地にあった。
竜化国ではカリスという官房長官が暴走し、竜人の力を我がものにしようと企てた。その事件に銀の華は巻き込まれたわけだが、聞くところによると彼ら竜人に仇なした者たちはその当時の記憶のみを失い、今は真面目に働いているとか。
「このまま、彼女たちが穏やかに過ごせればそれで良いんだけどな」
ジェイスの心に浮かぶのは、傷付きながらも懸命に己の愛するモノのために立ち続けた少女の姿。竜人という魔種でも人でもない彼女は、ジェイスの百倍以上を生きながらも真っ直ぐ純粋で、とても眩しい。
「ジェイスさん、そろそろ夕食だそうですよ」
ひょいっと現れたのは晶穂だった。聞けば、他のメンバーは既に食事を始めているという。
「各部屋に持って来てもらえるので、ユキたちは部屋で食べてますよ。リンと克臣さんも、待ってます」
「わかった。迎えに来てくれてありがとう、晶穂」
「いいえ」
先導する晶穂の背を眺めて歩きながら、ジェイスは己に対して笑いがこみ上げてくるのを感じていた。散々克臣やリンをからかってきたが、自分がそちらの立場になろうとは、あの時まで考えもしなかったのだから。
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