第625話 次への休息
全員揃ってイリスたちとの朝食を終え、
「それで、この後は何処に向かうつもりだい?」
「……一先ず、竜化国へ向かおうと思います」
竜化国にはアルシナがいて、種に関する情報を得ているはずだ。彼女に協力を仰ぎつつ、彼の地にある種を探すのが良いだろうという考えに至っていた。
そのことを簡単にイリスに説明すると、彼は頷いて微笑む。
「もう少しこの国でゆっくりしてもらいたかったけれど、そうも言っていられないだろう。ことが済んだら、是非旅行にでも来てくれれば嬉しい。ノイリシアには観光地もたくさんあるから、是非楽しんで欲しいな」
「その時は是非。楽しみにしています」
「お兄ちゃん、絶対だよ? 約束ね?」
そう言って小指をリンに差し出したのは、ノイリシア王家末娘のノエラだ。くりくりした大きな目でリンを見上げ、指切りを強要する。
リンもそんなノエラとは、一定期間旅の仲間として共に過ごした。年の離れた少女の気持ちに応じ、腰を落としてノエラと小指を絡ませる。
「ああ、約束だ。その時は、ノエラも案内してくれるか?」
「するよ! わくわくすること、たくさんしようね」
「必ず」
約束だと念を押すノエラの頭を撫でたリンは、少し離れたところにいる晶穂を気にして目を向けた。
「晶穂、少し顔色が悪いんではない? きちんと休んでいるの?」
「休んでいますよ。ただまだまだ気は抜けませんから、気を張っているのも確かですが」
「そう? 気を張るなと言う方が無理な話ね……」
ヘクセルに見詰められ、晶穂は彼女の美貌と押しの強さにしどろもどろだ。
少々色々あった二人だが、適度な距離感をもって関係を築いていた。とはいえ仲良しというわけでもなく、晶穂は現状に困惑している。
「あの、ヘクセル様」
「何かしら?」
「こうやって二人でお話することは、今までありませんでしたね」
「……そうね。こちらに貴女たちがいた時は、恋のライバルという関係だったし」
「こっ、恋の……」
「恥ずかしがることではないわ。それに、最初からわたくしの入り込む隙なんてなかったもの」
負け戦よ。そう言って微笑むヘクセルに、晶穂は何も言うことが出来ない。
「……」
「でもね、恋なんてしたことがなかったから新鮮だったわ。初めてよ、あんなにドキドキしたのは」
さっぱりとした笑顔で言うヘクセルに、晶穂は何か言わなければと「あのっ」と一歩前へ出る。するとヘクセルは人差し指を立て、その先を晶穂の唇の前へと突き出した。
「哀れみの言葉は要らない。言ったかしら? わたくしは、あなたよりも必ず幸せになってやるって」
ヘクセルの宣戦布告に唖然とした晶穂だったが、
「ヘクセル様……。わ、わたしだって負けません! 幸せは競うものではないですけど……でも、わたしにとっての幸せをたくさん手に入れてみせます!」
「ふふっ、良い顔してるわ。また会う時が楽しみね」
そう言って上品に微笑むと、ヘクセルは晶穂の背中をグッと押した。突然のことでその場に踏ん張ろうとした晶穂だったが、うまくいかずにつんのめってしまう。
(転ぶ!?)
痛みに備えてギュッと瞼を閉じた晶穂だったが、痛みはなかなか来ない。それどころか、固くて温かいものに包まれて支えられた。
「大丈夫か、晶穂?」
「あっ……ご、ごめんなさい、リン! 重いよね!?」
「いや、全然」
「ごめんね、ありがとう」
顔を赤くしてわたわたする晶穂を可愛く思っていたリンは、ふと顔を上げた拍子にヘクセルと目が合った。ヘクセルの目が意味ありげに細くなり、リンは内心苦笑いする。
(なんか、気を遣われたらしいな)
晶穂を立たせ、リンは左手首につけたままのバングルに触れた。花の種のお蔭が、石がわずかに温かい。
リンがじっとバングルを見詰めていることに気付き、晶穂は身を乗り出した。
「石は、何か言ってる?」
「何も。ただ、こいつが耐えてくれている間に全て終わらせないとな」
バングルに嵌まっている石は、何か訴えるわけでもなくそこのただある。リンは石を指で撫で、それから手袋で隠した腕に這う痣を思う。
「……」
時折ズクリと痛む痣は、今や首元や腹にまで広がっている。それを知っているのは、宿で同室になることが多い克臣とジェイスくらいのものだ。年少組をまとめて一部屋にすることが多いのは、リンの裸を見せないためでもある。
(まあ、あいつらも薄々勘付いてはいるだろうけどな。いつまでも隠し通せるものじゃない)
痣が全身を覆えば、リンはおそらく死ぬ。その前に種を集めることが出来るか否か、命を賭けた競争だった。
「――そろそろお暇しようか、リン」
顔をしかめて黙ってしまったリンに何と声をかけるべきか悩んでいた晶穂を見かね、イリスと話していたジェイスが歩いてきて声をかけた。
ジェイスの顔を見て、晶穂は助かったという顔で彼を見上げた。リンはハッと我に返って腕から手を離す。
「……ジェイスさん」
「ジェイスさん」
「二人共、百面相してるよ。竜化国には連絡してあるし、いつ来てくれても構わないと言われた。ノイリシアの港から出ようか」
更に克臣がジェイスの肩越しに顔を出し、彼の肩に手を置いてニヤッと笑う。
「昨日の夜、俺たちが寝ている間に連絡を取ったらしい。そんな時間に向こうも良く出てくれたよな」
「……何の話かな」
明後日の方を向いたジェイスの耳が赤い。リンたち三人は滅多に見られない姿に緩く笑い、イリスに暇を告げた。
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