第624話 ホットミルク
克臣とジェイスは、仲間たちが既に眠っているであろう部屋の前を抜き足差し足忍び足で歩いていた。既に夜が更けてからしばらく経ち、先に夕食を食べさせた子どもたちの部屋からは寝息が聞こえてくる。ほっとしつつ、二人は自分たちに与えられた部屋の前まで来た。
「先に鍵を貰っておいてよかったな」
「リンもわたしたちも食事は終えられたから、後は休んで明日に備えるだけだ。……あれ?」
「どうした?」
リンを担いだままの克臣が尋ねると、ジェイスの眉間にしわが寄った。
「おかしい」
「だからどうした」
「……鍵が開いてる」
「誰かいるのか?」
「……」
慎重に、息を殺してドアを開ける。しかし開けた瞬間に感じた魔力の気配に、ジェイスと克臣は肩の力を抜いた。
「何だ、きみか。晶穂」
「驚かせるなよ」
「すみません。皆さんそろそろ帰って来る頃かと思って、ホットミルクを用意していました」
さっきまでユキたちもいたんですよ。晶穂はそう言って微笑み、克臣に担がれているリンを見て目を見張った。
「どうしたんですか、リンは……。怪我を?」
「怪我は些細なもんだ。ほとんど塞がってる。毒が少し悪さしたらしいから、休ませてやってくれ」
克臣は「よっ」と声を出し、担いでいたリンをベッドに寝させた。
普段ならば文句の一つでも良いそうなものだが、リンは静かに目を閉じている。晶穂が顔を近付けると、穏やかな寝息が聞こえてきた。
「よかった……寝てる」
「体の傷は魔種の治癒力でどうにでもなるが、毒は魔力も含んでいるからね。魔種の力とは相性が悪いらしい」
「お二人も休んで下さいね。わたし、少しだけ回復の手伝いをしますから」
ジェイスと克臣にホットミルクの入ったコップを手渡すと、晶穂は目を閉じて両手のひらを眠るリンの上に広げた。すると彼女の手からぼんやりとした光が放たれ始め、徐々にリンを包んでいく。
その光景を眺めながら、ジェイスと克臣はミルクをゆっくり喉に流し込む。するとふわりと体が温まり、気持ちが落ち着く。
「晶穂、ありがとう。お蔭でほっとしたよ」
「お茶だと物によっちゃ目が覚めるからな。これで、ゆっくり眠れそうだ」
「それはよかったです。わたしはもう少しだけ起きているので、お二人共寝て下さい」
微笑み、晶穂は表情を切り替えてリンの方を向く。真剣に神子の力を使い続ける晶穂に止めろというのもおかしな話で、兄貴分たちは顔を見合わせた。そこで、克臣が「仕方ねぇなぁ」と立ち上がる。
「克臣?」
「晶穂。力使い続けたら、お前さんも倒れかねないだろ。だから」
「え? きゃっ」
「――こうしとけば、力も仕えるし休める。一石二鳥だ」
満足げに頷く克臣の視線の先には、リンの隣に横にならされた晶穂の赤面がある。椅子に座っていた晶穂を抱き上げ、ベッドに乗せたのは克臣だ。
晶穂の目の前に閉じたリンの瞼があり、晶穂はドクンドクンと早鐘を打つ胸が痛くなる。抗議の一つでもしようと上半身を起こそうとした晶穂だったが、思わぬ方向から妨げられてベッドに崩れ落ちた。
「――すぅ」
「りっ……」
夜遅いために悲鳴を殺した晶穂は、自分を足止めした何かの正体を知って硬直する。
「……っ」
晶穂の服の裾を掴んでいるのは、眠っているリンだ。目覚める様子はないが、手を離す気もないらしい。バランスを崩した晶穂は、寝返りを打ったリンの腕に収まりどうしようもなくなってぎゅっと目を閉じた。
「……」
「……」
そんな二人の攻防を眺めていたジェイスと克臣は、顔を見合わせて小さく笑う。リンと晶穂は彼らにとって弟や妹のような存在であり、からかいたくなる可愛い仲間でもある。
「……あれ?」
「どうした、克臣?」
「見てみろよ」
ちょいちょいと手招かれたジェイスが身を乗り出すと、克臣が何を見付けたのかがわかった。いつの間にか晶穂も眠っていて、二人して幼さの残る寝顔を見せている。
「寝るか、俺らも」
「そうだね」
ソファーをベッド代わりに使い、ジェイスと克臣もまた目を閉じた。
「――っ」
翌日、最初に目を覚ましたリンは悲鳴を辛うじて堪えた。何度も何度もこの状況に陥っているにもかかわらず、一向に慣れる気配がない。そんな自分に呆れを感じつつ、リンはそっと目の前で眠る晶穂の顔にかかった髪を払った。
(……あんなに痛んでいたのに、もう痛みはないに等しい。おそらく、晶穂が傍にいてくれたから、か)
神子の力の波動は、花の種の魔力に近い。そのためか、晶穂の力に触れるとリンをさいなむ毒の魔力は抑えられるようだ。
すぅすぅと規則正しい寝息をたてて眠る晶穂に癒しを感じつつ、リンは冴えて来た頭で今後について考えを巡らせる。五つ目の種を手に入れ、残りは半分。それらの種が何処にあるのか。
(おそらく、ノイリシアとソディリスラ以外だろう。竜化国、スカドゥラ王国、そして
竜化国と神庭は行ったことがあるため土地勘がないわけではないが、スカドゥラ王国は完全なる未知だ。神庭を巡って争った相手でもあり、出来ることならば触れたくなない。
しかし、避けては通れないだろう。
(願わくは、女王たちに会わないことを。俺たちに会って、忘れていた記憶を思い出されても敵わない)
リンはため息を呑み込み、ふと視線を感じて我に返る。すると、目の前で晶穂がぼんやりと目を覚ましていた。
「リン……?」
「ああ。……おはよ、晶穂」
「おはよ、リン」
ふわりと微笑んだ晶穂の表情は年齢よりも幼く見えて、リンは手を伸ばして彼女の頬に触れた。すると晶穂は覚醒していないのか、リンの手に頬を擦り寄せる。
(……かわいい)
色々な感情を押し込め、リンは空いている右腕を支えにして上半身を起こした。すると近くのソファーでジェイスと克臣が寝ている姿を目にする。
「また、心配かけたな」
ぼそりと呟くと、リンは先ず晶穂を覚醒させるために彼女の肩を揺すった。
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