第623話 リンvs融の行方
日が傾くと、手元がよく見えなくなっていく。リンは跳んで退くと、斬り込んで来た融を躱してバク転する。
しかし融も斬り込んで終わりではなく、その勢いのまま回し蹴りを繰り出した。その蹴りがリンの頬をかすめる。
「――っ」
「片目見えないからって油断するなよ?」
「そっちこそ。俺の力が削がれてるからって力抜くなよな!」
「そんな失礼なことするかよ」
融は幼い頃の病気の影響で左目が見えない。しかし長年の訓練で、それを感じさせない動きが出来るようになった。
更にはノイリシア王国にはほとんどいない古来種出身ということもあり、偏見の目で見られることも多かった。しかし王女ヘクセルに見出されてからは、ひたすらに強くなることに打ち込んでいる。クラリスとジスターニは、そんな彼を見守って来た。
「――ハッ」
ビュンッという音がして、リンの踵が直下する。融はそれを腕を交差させて受けると、押し退けて攻勢へと繋ぐ。
自分の外見への鬱屈した思いと周囲への抵抗。それらを抱え込んだまま近衛の役を全うしていた彼が出会ったのが、銀の華の晶穂だった。
晶穂は自分の力を暴走させてどうしようもなくなっていた融を鎮め、温かく包み込むように接してくれた。それへの感謝が恋心に変わるのに、それ程時間は要らなかった。
しかし、その想いは晶穂に届くことはない。彼女には既に想い人がいたのだから。
玉砕した融はそこで鬱屈することなく、より強くなりたいという思いに変換させた。目標のため、かつての恋敵でもあるリンをライバルとしたのは、一種の腹いせだったのかもしれない。
とはいえ、今ではリンと融は良いライバル関係を築くことが出来ている。
「まだまだ行くぞ!」
「かかって来い!」
無邪気な犬が遊ぶかのような顔で、やっていることは真剣勝負。激しい斬撃の音が鳴り響き、いつの間にか観客が増えている。ほとんどは城の衛兵や役人たちで、二人の技のキレと身のこなしに開いた口が塞がらない様子だ。
「……クラリス」
「ああ、そうね。そろそろ止めないと……修練場を壊してしまいそう」
「夜も更けて来たしな。明日、あいつらは国を出るんだろう?」
「そのはずよ」
仕方ない。嘆息し、クラリスは軽く指をコキッと鳴らした。そして、トンと軽く地を蹴る。
「――はい、そこまで」
「「!?」」
拳同士をぶつけようとしたリンと融の間に躊躇なく下り立ち、クラリスは腕を左右に広げた。その瞬間、二人はピタリと動きを止めた。クラリスと彼らの手との距離、僅か数ミリ。
リンと融だけではない。予想していたジスターニ以外、その場にいた全員が息を呑んでいた。全員の中には、ジェイスや克臣たちも含まれる。
その中でも、早々に我に返ったのはジェイスだった。クスッと笑い肩を竦め、硬直しているリンの傍へ歩いて行く。
「リン」
「……あ、ジェイスさん。どうしてここに?」
「イリス殿下たちへの報告が終わっても、きみたちが戻る気配がないからね。様子を見に来て見れば、こういう状況だったというところかな」
「こういう? ……いつの間に、こんなに」
「気付いていなかったようだね」
自分たちを取り囲む観客の多さに目を丸くするリンを見て、ジェイスは微笑む。
一方、融もクラリスとジスターニと共にいて、目を瞬かせていた。
「……夢中になり過ぎた」
「またぶっ倒れて、ノエラ姫に心配されるぞ?」
「そうね。ノエラ様は、融のこととなると目の色を変えるから」
今夜はもうお休みになっていてよかったわね。クラリスに言われ、融は頷くしかない。
「……リン相手だと、手加減が出来ない」
「手加減なんてしてみろ。瞬殺してやる」
ぼそりと融の呟いた声が聞こえ、リンは笑って言い返した。その内容は物騒だが。
幸いリンも融も大怪我こそないが、擦り傷切り傷打撲を体中に作っている。服もぼろぼろになってしまい、更には汗だくだ。
克臣とジスターニが視線を合わせて苦笑し、ジェイスとクラリスは同時に肩を竦める。そしてジェイスは、微苦笑を浮かべながらリンの肩に手を置いた。
「全く、きみたちは加減というものを知らな過ぎ……おっと」
「すみま、せ……」
試合が切られたことで、リンの体から力が抜ける。その拍子に体が痛みを訴え、バランスを崩してジェイスに支えられた。
「リン、毒はいつお前に牙を剥くかわからない。忘れてはいないだろうけど、あまり繰り返すなよ?」
「……はい」
反論も何もない。リンは素直に頷くと、ふと目が合った融と共に苦笑した。
「そろそろ戻ろう。明日も遅くはないからね」
「だな。子どもたちは部屋に入れたから、俺たちも休もうぜ」
克臣はジェイスからリンを引き取ると、肩に担いだ。リンは「ちょっ……」と抵抗を試みるが、腰を固定されて動けない。
「リン、そんな抵抗じゃ動かんぞ」
「融も、今夜はゆっくり休みなさい。きみたちの決着は、しばらくかかりそうだからね」
「……はい」
ジェイスに言われ、融は殊勝に頷く。そして、何処かへ消えていたノアを腕に乗せてからリンに向かって軽く手を挙げた。
「次は万全の時にな、リン」
「ああ」
きまりの悪い体勢だが、リンは苦笑いを浮かべつつ手を振った。
リンたちが城へ戻るのを皮切りに、野次馬たちも散って行く。彼らを見送り、融は肩の力を抜いた。
融の肩に、クラリスとジスターニが手を置く。振り返れば、今にも笑いそうな顔をした年長者たちの顔が見える。
「……何なんですか?」
「いや?」
「何でもないよ」
「……。帰ろう」
三人の姿も修練場から消え、ノアの「ほー」という鳴き声だけが残った。
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