互いを高め合う関係性

第622話 全力でぶつかるライバル

 ノイリシア王国の王都へと戻ったのは、五つ目の種を手に入れてから二日目の昼のことだった。

 王都に入ると、一羽の白い鳥がリンたちの上を旋回して王城の方へと飛び去る。その鳥に見覚えがあり、リンは首を傾げた。

「あれは、ノア?」

「確かに、あれはノアだ。そういえば、リンは王城に戻ったらとおるに会いに行くんだっけ?」

「はい。種を手に入れたら訪ねて来いという伝言を受け取りましたからね」

 頷くリンに、ジェイスは「良い関係だね」と笑う。

「最初はどう着地するかと思ったけれど、こうなるとは思わなかったな」

「……まあ、最初は気に食わないところも多々ありましたけどね。互いに高め合えればと思っています」

「気に食わない、ね」

 意味深に呟くジェイスに、リンは内心首を傾げた。融とのいざこざは表立っていなかったはずだが、ジェイスには気付かれていてもおかしくはない。

(この人、かなりさといからな……)

 とはいえ、何も言われないのは有り難い。リンは曖昧に微笑むに留め、ノアを追った。


 一方、融は城の修練場にいた。いつものように無心で剣を振っていて、いつの間にか昼を過ぎている。

 そこへ、シロフクロウのノアが頭に下りてきた。

「……ノア。お帰り」

「ほー」

「やっぱり、あれはノアかい。融、お昼は食べたの?」

「クラリス」

 融が振り返ると、そこにはクラリスがジスターニを引き連れて立っていた。妖艶な雰囲気を隠せていないクラリスの衣服はスリットが入っているが、融もジスターニに見慣れてしまっている。

「飯は軽く食べた。ノアが帰ってきたっていうことは、リンがこっちに向かってる。オレも、万全で迎えないといけないから」

「お前はいつも、最善の体勢でいるだろう? そんなに意気込まなくても大丈夫だろう」

「ジスターニ。あんた、同じ男なのに鈍いね」

「クラリス」

 ニヤニヤ笑うクラリスを融は声で制するが、彼女はそんなものどこ吹く風だ。不思議そうにするジスターニに、そっと耳打ちしてやる。

「融にとっては、かつての恋敵さ。そいつとの和解は出来たらしいけどね」

「恋敵?」

「クラリス、五月蝿い。あと、ジスターニも気にしなくて良い」

 嘆息と共に二人を睨みつけ、融は剣を握る指に力を入れた。何故話してもいないクラリスにバレているのかはわからないが、そこに突っ込む気にはなれない。

「今のオレにとって、リンはライバルだよ。……より強くなるための」

 ブンッと風を斬った軌跡の先に、王城の姿が見えた。もうすぐ日が暮れ、白い壁が赤く染まる。

「……来たんじゃないかい?」

 クラリスの声と共に、待ち人の魔力の気配が感じられた。頭に乗っていたノアに離れるように指示し、融はリンに「よお」と言いかける。

「久し振り」

「久し振りだな。で、何が望みだ?」

「お前が万全じゃないっていうのはわかってる。だけど、一度手合わせを願いたいんだ」

 融が持っていた剣の切っ先を向けると、リンも同じように腕を上げる。そこには、手合わせを心から喜ぶ表情があった。

「……奇遇だな。俺もだよ、融」

「毒が体に回っているということだけ聞いてる。具合は?」

「お蔭様で、お前との仕合を楽しめる力は戻っているよ」

「それは……よかった」

 そう言うが早いか、リンと融は同時に地を蹴った。風のように動く二人のうち、先に刃を伸ばしたのはリンだ。

「クッ」

 融の鼻先一ミリをかすめた剣を再び振るおうとしたが、同じ手は食わないとばかりに防がれる。金属音と共に火花が散り、離れて再び交わるを繰り返す。

 キンッキンッという音には、二人の真剣さが溢れていた。互いに本気で、相手を負かすために刃を振るう。

「……楽しそうだな」

「ええ、本当に」

 融とリンを見守るジスターニとクラリスが言い合い、顔を見合わせて笑った。二人にとって、融は弟のような存在だ。それを本人に言うと不機嫌になるために言わないでいるが、何処か無気力だった融に真っ直ぐな瞳の光を与えてくれたリンたちには感謝しているのだ。

 互いに一歩も引かない仕合を見詰めていたクラリスは、ふと気配に気付いて苦笑する。

「……で、貴女も見に来たの?」

「ばれちゃいましたか」

 木の陰から現れたのは晶穂だ。王城に着いた途端に姿を消したリンを追って来たものの、仕合が激しくて声をかけるタイミングを見失っていた。クラリスに手招かれ、晶穂は彼女の隣に立つ。

「あなたたち、無事に帰りついたのね」

「はい。花の種を手に入れることも出来て……それに関しては、今ジェイスさんたちが報告なさっているはずです」

「きみは、イリス様たちのところへ行かなくてもよかったのか?」

 イリスと話しているのならば、ここにいるべきではないのではないか。ジスターニの言葉は最もで、晶穂は小さく声を上げて笑った。

「その通りなんです。ですけど、ジェイスさんや克臣さん、それにエルハさんたちがリンと融さんの仕合を見て来いって言って下さって。……二人共、本当にかっこいいです」

「……そうね」

 言うなれば模擬戦であって、本気での戦いではない。しなやかな動きの中に、時折目を見張るような激しさをはらむ。晶穂はリンと融の動きに目を見張っていたが、しばらくして何か考えているのか指を唇にあてた。

「……わたし、そろそろ戻りますね。なんだか、気を散らせてしまう気がするので」

「散らせるというか、今は集中しているから何も気付いていないと思うけれど。でも、貴女がいるとわかったら変わることもあるから。……退散を勧めておくわ」

 特に融は。クラリスの最後の独り言は聞こえなかったが、晶穂は一歩後ろへと足を進めて背を向けた。

 背中越しに、リンと融の気迫の籠った声と激しい金属音の応酬が聞こえる。

「まだまだぁっ」

「負けるか!」

 留まることを知らない二人の仕合は、日が暮れるまで続いた。

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