第619話 対首長竜
全員が大きな怪我無く集まったことに安堵し、晶穂は注意を目の前の首長竜へと移る。首長竜は前足を片方結界に乗せ、自らの重みで結界にひびを入れようとしているらしい。案の定、ピキピキと嫌な音が聞こえている。
「このままだと、後数分が限界かな」
「……晶穂、合図出したら結界を解いてくれ」
「でも、そんなことしたら」
相手の思う壺ではないか。晶穂がそう思ったのを映したように、リンは軽く笑う。
「大丈夫。俺たちを信じろ」
「――っ」
晶穂が振り向くと、そこには戦闘態勢を万全にした仲間たちが立っていた。疲労を顔ににじませながらも、決して暗い顔をしていない。
「晶穂さん、大丈夫だよ」
「俺らが諦めたことあったか?」
「これくらい、よくあることでしょ?」
「そう、でしたね。これくらいのピンチ、何度も経験してきました」
ユキ、克臣、ジェイスの言葉が晶穂を奮い立たせる。そこに、もう一度リンが加わった。
「結界、凄く助かった。後一踏ん張りだ」
「うん。いくよ!」
合図と共に、結界が消える。突然支えを失い、首長竜がバランスを崩した。
「チャンス!」
飛び出したユキが恐竜の上を取り、氷の矢を放つ。それは恐竜の首筋をかすり、悲鳴を上げさせた。
「逃さないっ」
春直の操血術が展開し、逃げようとした恐竜の足元を地面に縫い留める。広がった魔法陣から無数の赤い糸が飛び出し、恐竜の四肢に絡みついたのだ。
「
「ああ」
思うように動けずもがく恐竜に、唯文が刀を振り下ろす。彼の反対側からは、エルハが袈裟斬りに刀を振る。
しかし、やはり恐竜の肌は硬い。一刀両断とはいかないが、傷が付けられたという事実が重要だ。
「二人共、離れて」
操血術の作用は続くが、暴れる恐竜の脚力で血の糸が一本また一本と切られていく。ブチッブチッと嫌な音が鳴る中で、ジェイスの落ち着いた声が響いた。
「傷口に塩を塗っていこうか」
「お前、言うことがなかなかだぞ」
肩を竦める克臣だが、そこに親友の言葉を否定する響きはない。むしろ、進んで加担しようと大剣を構えている。
「首長竜なんてものと戦うことになるなんて思わなかったが、伝説の存在であろうと何だろうと、俺たちには関係ないからな」
笑ってそう言うと、克臣は渾身の力を籠めて斬撃を放つ。空気を切り裂くようなそれに、ジェイスの魔力を帯びた空気の矢が加わって速度を増す。
更にユキが恐竜の移動範囲を狭めるために氷の壁で周囲を囲うと、同時に克臣とジェイスの技がクリーンヒットした。流石の首長竜も完全に均衡を崩し、横倒しに倒れてしまう。
バキバキッと氷の柱が折れ、氷の粒がきらめいた。その輝きの中、リンは何度目かの辛い頭痛に耐えながら剣を握る。
「ケリをつける」
「顔色が悪いぞ、リン」
そっと耳元に囁いたのは、魔獣を従えたジスターだ。彼は先程から銀の華の面々の戦い方に気圧され見惚れていたが、自分もと気を引き締め直したところだ。そこでリンの様子がおかしいと思い、近寄った。
リンは困った顔をして肩を竦め、まあなと呟く。
「これでもかなりマシにはなったんだ」
「やっぱりそれは……」
「お前のせいなんかじゃない。気に病むなよ」
「――ああ」
ぴしゃりとリンに思考を止められ、ジスターは頷いた。全てを呑み込み噛み砕いて納得したわけではないが、ジスターにとって銀の華を助けることは贖罪でありやりたいことだ。
「オレが援護する。思い切りいけ」
「助かる」
彼らの視線の先には、立ち上がろうとする恐竜を操血術で抑え込もうとする春直と魔力で押さえつけるユキとジェイスの姿がある。リンとジェイスの目が合い、同時に頷いた。
「阿形、吽形!」
ジスターの声に応え、魔獣たちが空中を滑るように走り出す。彼らが放つ水流にユキの魔力が合わさり、小さな氷の粒を抱え込んだ水の流れが恐竜を襲う。
「リン!」
「これで、終わりだ!」
動きの鈍った恐竜に向かって、リンは地を蹴った。落ちる勢いを利用して、剣の威力を高める。自分の中でせめぎ合う二つの力を感じながら、魔力を帯びた刃がうなる。
「種を渡してもらう!」
ダンッと勢いそのままに着地したリンは、立ち上がると同時に軽く血振りをした。それと同時に、大きな首長竜の体が大きな音をたてて倒れ込んだ。
「……やった、倒した?」
「一先ず、っていうところかもしれないけど」
サラと晶穂が言い合い、リンも振り返っていつでも動けるように体勢を整える。しかしあの化石のプテラノドンと今回の首長竜以外、新たな敵が現れる様子はない。
「いない……か」
「種を探そう。この洞窟の何処かに隠されているはずだから」
ジェイスの言葉を合図に、得物を仕舞ったメンバーはそれぞれが思うままに種探しを始める。岩の影や池の中、天井と様々なところを探し目を向けるが、種らしきものを探し当てることは出来ない。
「なーい!」
「ヒントになるようなものでもあれば良いんだけどな……」
ユーギがお手上げだと言わんばかりに両手を挙げ、唯文が腕を組む。
唯文の言葉を聞き、晶穂はふと思い出した。そもそもこの洞窟に目を付けた理由の一つに、あれがあったではないかと。
「ねえ、サラ」
「ん?」
池の傍で水の中を覗き込んでいたサラに、晶穂は尋ねる。
「サラ、あの恐竜が出て来る絵本を読んだって言ってたでしょ?」
「そうだね」
「その絵本のおしまい……終わり方ってどんな感じなの?」
「終わり方? えーっとね……」
突如始まった二人の会話。何となく聞き耳を立てていたリンは、晶穂が意図したことに気付いて横になったままの恐竜を振り返った。
そんなリンの耳に、サラの声が届く。
「確か、最後に恐竜は死んでしまうの。だけど、リスの親子が来てね……」
「リスの……」
リンは思わず息を呑んだ。倒れて動かない恐竜の顔の近くに、淡い白色に輝くに引きのリスを見付けたから。
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