第618話 銀色の恐竜

 銀色の首長恐竜に向かって真っすぐ斬撃を浴びせかけたリンだったが、緩慢に見えた恐竜の素早い動きに吹き飛ばされる。長い尾にひっぱたかれたのだと知ったのは、岩壁に背中からぶつかりそうになったのをジェイスに助けられてからだ。

 純白の翼が視界の端に映り、ジェイスが背後にいるのだとわかった。

「リン、しっかりしろ」

「ジェイスさん……すみません」

 リンは衝撃から立ち上がると、再び恐竜を見た。洞窟の天井に近い背丈を持つ守護の動きは早くはないが、大きな体故に耐久力にかなり優れているらしい。今も克臣の大剣が向かって行ったが、薄く皮膚を傷付けられただけだ。

「くそっ! 硬いなこいつ」

「ですね。どう攻略するか……」

 克臣と唯文が言い合い、飛んで来た恐竜のしっぽを躱す。岩壁に着地し、反動でスピードを増すと思い切り得物を振った。

 左右、そしてエルハも連携するが、ことごとく跳ね返されてしまう。恐竜はその無感情な目をリンへ向け、おもむろに口を開いた。

「えっ……」

「――っ! リン、逃げろ!」

 カッという音と光が視界を覆い尽くす。ジェイスの叫びに一瞬で我に返ったリンは、無我夢中で魔力を爆発させた。逃げる余裕など考えることも出来ない。

 二つの力がぶつかり、爆発を起こす。空間が揺れ、その場にいた全員が爆風から実を守るために伏せたり腕で顔を守ったりした。

 外にも小さな音が届き、わずかに湖の水が揺らいだ。それを戦闘の影響だと少しでも思った者は、外には一人としていない。

「リンッ」

 土煙に咳き込みながら、晶穂は声を張る。飛竜の超音波で体調を崩したサラの傍についていた彼女は、声がしないリンを案じた。

 顔を青くして見回す晶穂の肩を、とんっと押す者がいる。晶穂が振り返ると、少し顔色の悪いサラだった。

「こほっ……晶穂」

「サラ、無理したらだめだよ」

「あたしは大丈夫。もう見張りくらいなら出来る。晶穂の方が顔色悪いくらいだもん」

「そんなことない……」

「ある。断言するよ」

 サラは微笑んで「ほら」と晶穂の体を前へと向かせた。

「あたし以上に、晶穂にしか出来ないことがあるでしょ? 行って来い!」

「――うん!」

 親友にこれだけ言われて、動かないわけにはいかない。晶穂は大きく頷くと、目を閉じて魔力を研ぎ澄ませていく。

 晶穂を中心に、淡い白色のドームが形成される。それは徐々に範囲を広げていくと、土煙の先に立つ恐竜が結界に気付いた。

 コオオオォォという風に似た声で鳴くと、晶穂に向かって突進して来る。その道筋に仲間が倒れているかもしれない。晶穂は危機感を覚え、力を一気に解放した。

「絶対、護る!」

 その気迫と共に、結界が巨大化する。恐竜が一歩前に出る前に、その目の前には壁が構築されていた。思うように動けず、恐竜は不満げに鼻を鳴らす。

 結界が満ちた場所では土煙が落ち着き、視界が明瞭になっている。晶穂は恐竜の動きを注視しながらも、仲間たちの様子を確かめた。

 リンに覆い被さり共に倒れたジェイス、魔獣にかばわれた年少組。そして克臣とジスター、エルハはそれぞれに晶穂の結界に気付いて立ち上がった。

 ジスターとエルハは、結界越しに自分たちを見下ろす恐竜の姿を見て目を見張る。

「これは……」

「晶穂さんの」

「晶穂、また腕を上げたんじゃないか?」

「ありがとうございます、克臣さん。でも、今は悠長に喋っている暇はないです……くっ」

 足を踏ん張り、晶穂は両手を広げて持ち堪える。恐竜が前足を結界の上に置いて力を加えているのだ。圧迫に耐え、力を維持するのはなかなか難しい。

「今のうちに、みんな起こして下さい! この結界も、いつまでもつかわかりません!」

「わかった」

 克臣が真面目な顔で頷き、エルハとジスターに指示して仲間たちのもとへ向かう。彼らが戻るまで、と晶穂は持ちうる魔力を結界へと注ぎ込む。

 ここからは根競べだ。

「リン、ジェイス!」

「遅いよ、克臣」

 克臣が駆け寄ると、ジェイスが立ち上がり手についた砂を叩き落としているところだった。どうやら大きな怪我はないらしく、克臣は安堵する。

「悪かった。……って、あの爆発の中でよく動けたな」

「近くにいたからね。幸い、リンの魔力が守護の力と拮抗したのが功を奏したって感じだけど」

 恐竜が口から力を放った時、コンマ数秒後にリンも己の魔力を爆発させて迎え撃っていた。すぐ傍にいたジェイスも一秒後に加勢し、互いに怪我は回避した。

「成程。それで、リンは?」

 克臣が起こったこと全てを察して尋ねると、ジェイスはまだ立ち上がれずにいるリンを見て肩を竦める。

「少し、一気に力を使い過ぎた。克臣、肩貸してあげて」

「ああ」

 ほら、と克臣は立ち上がろうとしつつも崩れてしまうリンの腕を自分の肩に回させた。その反対側から支えようかと迷ったジェイスは、二人の背を後ろから押すことにする。

「克臣、一先ず晶穂のところまで」

「わかった」

「すみません、克臣さん……。もう少し出力を抑えるべきでした」

 魔力が決して多いとは言えないリンは、基本的に剣で戦う。今のように魔力を居間のように使い過ぎると、魔力切れを起こしてしまうのだ。更に現在は、毒への抵抗にも魔力を一部割いているため、より仕える量は少ない。

 自分が守護に向き合わなければ、種を得ることは出来ない。それを理解しているリンだからこそ、一瞬でも戦えなくなる等もっての外だ。克臣の支えなしで歩こうと身を退くが、兄貴分たちはそれを許さない。

「今みたいな時だけでも、俺たちを頼れ」

「また晶穂を泣かせたいのかい?」

「……すみません」

 二人の兄貴分に、リンは勝てない。素直に体を預けることにして、疲労の回復に魔種の治癒力を割く。

 同じように、エルハとジスターも年少組に手を貸していた。

「立てるかい、みんな?」

「ありがとう、エルハさん。ジスターさんも、魔獣貸してくれたね」

「……ああ」

 年少組は爆風が起こる直前まで首長恐竜への攻撃を繰り返していたため、逃げ遅れそうになった。しかしジスターの魔獣が盾になってくれたお蔭で、水のベールに包まれて怪我はない。

 功労者である魔獣たちは恐竜の力にあてられ、ジスターの姿を見た途端に姿を消す。力を回復させるために、空気中の水分と集めているのかもしれない。

 エルハが唯文とユーギを、ジスターがユキと春直を支えて移動させる。特にユキと春直は魔力を使い続けていたため、他の二人よりも疲労の色が濃いように見えた。

「さあ、行くよ。あの守護が結界を壊す前にみんなと合流しないとね」

「わかった」

 全員が集まったのは、それからすぐのことだった。

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