第617話 飛竜と魔獣

 水蒸気が薄れ、リンは結界の前に人影を見付けて呟いた。リンに見詰められていることに気付き、鮮やかな紫色の瞳がわずかに曇る。

「ジスター……」

「ごめん、追いかけて来た」

「知ってるよ。一香さんから聞いてる」

「そうか」

 わずかにジスターの返答がそっけなくなり、隣で聞いていた晶穂は「ん?」と軽く首を傾げた。しかし気にするのは後回しだ、と気持ちを切り替える。

「ありがとう、ジスターさん。助かりました」

「迷惑かけ通しだったからな。それから、オレのことは呼び捨てで良い。晶穂」

「……ありがとう、ジスター」

 結界を解き、リンたちは再び飛竜たちの前へと立つ。先頭に立った自分の隣に立ったリンに、ジスターは顔を向ける。

「リン、こいつらが守護?」

「わからない。少なくとも関係者であることに違いはないが……俺は、守護ではないと思う」

「この中で守護に一番共鳴するのはお前だろ、リン。そのリンが言うなら、間違いないんだろうな」

「……ああ」

 素直に考えを発するジスターに驚きながら、リンは化石の叫び声に意識を向けた。金切り声のような耳障りな叫びは、二体の飛竜から発せられている。

 ビリビリと空気を震わす飛竜たちの声に、獣人であるユーギと春直、唯文が耳を押さえた。超音波のような声が獣人の耳には辛い。

「うるっさ」

「何これ、耳が……」

「二人共、おれに捉まってろ」

 顔をしかめるユーギ、ふらつく春直と彼らを支える唯文。そして無言で三人を囲んだジェイスと克臣、エルハの年長組は一斉に獲物を構えた。

「リン、ジスター。右を頼む」

「俺たちが左を叩くわ」

「わかりました。終わらせましょう」

「これ以上は、おそらく洞窟がもたないからね」

 エルハの言う通り、振動に耐え切れない壁が一部剥がれている。ちらりとそれを確認し、ジスターも魔獣たちを従えた。

「リン、オレたちは右だな?」

「ああ。やるぞ」

「特攻は任せろ」

 ジスターはそう言うと同時に右手を広げ、魔獣たちに指示を送る。魔獣二匹は左右に分かれ、同時に駆け出した。それは地面ではな宙を滑るような走り方で、化石の飛竜を翻弄する。

 右へ左へと身軽に動き回る魔獣たちは、飛竜の隙を突いて水流を浴びせた。

 飛竜は声にならない叫び声を上げ、苛立ったようにバタバタと翼を動かす。そしてそれぞれが一頭の魔獣を追いかけ、洞窟の中を縦横無尽に飛び回る。

 魔獣たちは駆け方に緩急をつけながら走り、リンたちが攻撃をしやすいようにしていく。そのため少しずつ飛竜の化石の体が削られ、徐々に動きが緩慢になる。

 克臣の大剣が一体の飛竜の足を撥ね飛ばし、バランスを崩させた。そのタイミングで、ジスターが魔獣たちに指示を出す。

阿形あぎょう吽形うんぎょう、水の中へ追い込め!」

「そう来るか!」

「だったら……閉じ込めるよ!」

 ユキは腕を広げ、魔力で大玉ころがしに使う玉程の大きさの氷の塊を創り出す。それを一瞥したジスターは、魔獣たちに「飛び込め」と言い放つ。

 主の言葉を受け、魔獣たちは少し離れた場所にあった大きな池に飛び込んだ。

 それは、鍾乳洞という環境によって生み出された罠である。天井からランダムに滴り落ちる雫が集まり溜まり、いつしか作り出されたものだ。

 魔獣たちを追って勢いのまま池に飛び込んだ飛竜たちは、飛び込んで初めてその危険性に気付いたらしい。バタバタと翼を羽ばたかせ、飛び立とうとした。

 しかし、そう簡単に逃す気はユキにない。

「いっけえぇぇぇぇぇっ!」

 ブンッと音をたて、氷の塊が飛んで行く。そのまま池から飛び上がろうとする飛竜たちの真ん中へ落ち、そこを中心に池の水を一気に凍らせた。

 飛竜のうち一体は濡れた翼が崩れて身動きが取れなくなり、そのまま氷に呑まれる。しかしもう一体は運良く抜け出し、克臣に斬られ失われた腕の断面から砂をサラサラと流しながらも羽ばたく。

「血の代わりに砂を流すんだな」

「そこ、感心するところなのか?」

 克臣のズレた呟きに苦笑をにじませたジェイスは、自分に背を見せた飛竜に向かって矢を放った。矢は狙い通り、飛竜の首の後ろに突き刺さる。痛点があるのか、飛竜はキイィィッと悲鳴を上げると急旋回した。

「――来いよ」

 そこにいたのは、剣を構えたリンだ。飛竜の声を聞いてふらついたサラを支える晶穂の前に立ち、真っ直ぐに飛竜を見据える。

「お前が守護かどうかは関係ない。絶対に倒す」

 嘴のような口を開け、骨をカタカタ言わせて飛竜が突っ込んで来る。矢を放ったのはジェイスだが、何故かそちらには行かずにリンを真っ直ぐに狙って来た。

「リンっ」

「大丈夫だ。晶穂はサラを」

 振り返らずにそれだけ言うと、リンは地を蹴った。真正面から飛び突進している飛竜の額を狙い、リンは剣を思い切り叩きつける。

 バキッという音がして、リンは手ごたえを感じた。顔を上げると、飛竜の額に剣が食い込み、ひびが広がっているのが見える。

「――っ。おおおぉぉぉぉっ」

 力いっぱい振り抜くと、飛竜の首が飛んだ。飛んだ頭は崩れるように砂に帰り、体だけが自由自在に動く。

「よし」

「こっちは片付いた」

 ぐっと拳を握り締めたリンは、弟の方を振り返る。すると丁度ユキが氷を一気に粉砕して、同時に化石の飛竜共々破壊したところだった。

「これで、守護に勝てたかな……」

「――おそらく、まだ本番じゃない」

 そう言って注意を促したリンの前に、何か巨大なものが現れた。洞窟の奥からやって来たそれは、大きな口を開けて声を轟かせる。

「くっ」

「これは守護?」

「そのようだな」

 現れたのは、化石ではなく新たな守護候補だ。巨大な体を持ち、首長恐竜によく似ている。銀色の体で、骨だけだった飛竜とは全く違う。真っ白な目が、確かに自分を見詰めているとリンは感じた。

「行くぞ」

「兄さん!」

 リンが飛び出し、その次を年少組が追う。

 今、洞窟における種を巡る戦いの本戦の火ぶたが切って落とされた。

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