第616話 飛ぶ化石

 洞窟を進んでいくと、徐々に鍾乳石が増えて来る。水滴が滴り、水溜まりに落ちた。

 ピチョンと傍に落ちた水滴に驚いたユーギが、照れ隠しに少し大きな声を出す。声が反響し、春直がぴくっと耳を動かした。

「ここ、凄く不思議な雰囲気だね!」

「そうだな。鍾乳洞ってやつか」

 唯文がぐるりと見回し、蝙蝠が飛んで行くのを見付けて見送る。同じように見ていたユキは、鍾乳洞の百枚皿を見付けて身を乗り出す。

「本では見たことあるけど、本物は初めてだな」

「化石とかありそうだね」

 春直がそう言って笑い、化石を探そうとキョロキョロとした。しかし勿論化石がすぐに見付かるはずもなく、別のものを見付けて硬直する。

「え……?」

「何あれえぇぇっ!?」

 サラが春直の何倍もの声量で叫び、全員が彼らが見ている方向を見た。そちらには更に奥へと続く通路があったが、幾つかの影が向かって来る。よく見れば、それは蝙蝠ではない。

 晶穂も手を目の上にかざし、飛んでいる何かの正体を探ろうと見詰める。

「……あれ、見間違いじゃなければ恐竜?」

「飛竜か? でも、何か違う?」

「あれは骨……いや、化石だ!」

 散れ! 克臣が叫び、全員が飛び退く。すると彼らが立っていた場所に向かって、飛竜の化石が青い炎を吐き出した。

 熱風が席巻し、あおられた春直がしりもちをつく。手を引いて立ち上がらせ、リンは風から春直をかばう。

「怪我はないか、春直?」

「ありがとうございます、団長」

「ああ。しかし……今度は動く恐竜の化石か」

 洞窟の天井近くからこちらを伺うのは、プテラノドンに似た飛竜の化石、骨格標本だ。一体であったはずのそれは、いつの間にか三体に増えている。

 三体同時に炎を吐かれたら厄介だ。リンは熱風が落ち着いたタイミングを見計らって、春直の両肩に手を置き視線を合わせた。

「春直、動けるな?」

「はい」

「あいつらで終わりか、次も待っているのかはわからないけど……無茶だけはするなよ?」

「それは団長もでしょ?」

 春直はそう口にして笑い、操血術を展開した。左右色の違う瞳が光りを放ち、赤く染まった巨大な爪を開く。

 見れば、春直だけではない。ジェイスも克臣も、皆それぞれに戦闘態勢を整えていた。炎で先手を打たれたが、これ以上遅れを取る必要はない。リンは自分の剣を抜き、正面に突っ込んで来た飛竜に向かって剣を叩きつけた。

「おおおっ」

 斬撃が飛竜の頭を突き飛ばし、それが口火となって戦闘が開始される。

「リン、こっちは任せろ!」

 そう言って大剣を大きく振りかぶった克臣の後ろから、エルハが跳ぶ。二人がかりの斬撃を受け、飛竜はよろめいた。

 更にジェイスとユキの弓矢の連携は鋭さを増しており、二人の放つ矢は確実に飛竜を仕留めようと追尾するように進化している。しかしユキのそれは逃げ惑う飛竜の炎に溶かされ、本来の力を発揮出来ない。

 ちらりと見れば、三体目を相手にした春直やサラたちが目に入る。今、春直の操血術が飛竜の片翼を捕らえた。

「――っ、別の方法を考えなくちゃ」

「ユキ、焦らないで」

 ジェイスの注意に頷き、ユキは攻撃方法を魔法に切り換えた。飛竜の動きを抑えるため、魔力で氷の粒を創り出す。それを飛竜の顔ではなく翼の部分を狙って放つ。

「前がダメなら横からいくまで!」

 翼を使い物にならなくしてしまえば、後はこっちのものだ。ユキの考えは正しく、翼を凍らされた飛竜は目に見えて高度を落とした。

「チャンス!」

「行くよ!」

 ユキに応じたのはユーギだ。持ち前の脚力を活かし、凍った飛竜の目の前へ跳ぶ。そして、勢いをつけた左足を思い切りぶつけた。

(――硬い!)

 鍛えられた狼人の脚の力は岩をも砕く。そう称されるが、そんな狼人のユーギでも動く化石全てを粉砕することは出来ない。しかし額を割られ、飛竜の高度は更に下がる。

「だったら」

 ユキは手元で針のように細い氷柱を一本創り出すと、それを槍投げのように投擲とうてきする。狙いを定めた氷柱は一直線に飛び、飛竜の胸に刺さった。そこからヒビが広がり、もろくなる。

「兄さん!」

「ああ」

 ここまでお膳立てをされて、成功させないわけにはいかない。リンは剣に魔力を籠め、斬撃として撃ち放つ。

 斬撃は目印となった氷柱を砕き、次いで飛竜そのものを破壊した。それを見て、晶穂がグッと手を握り締める。

「やった!」

「次、来るぞ!」

 バラバラと落ちて来る化石の欠片を躱し、リンは視線を固定したまま警告を発した。彼の言う通り、仲間が倒れたことを知った他の飛竜の動きが激しくなる。

「わっ」

「サラ、気を付けて」

 暴れた飛竜がぶつかった拍子に、天井から突き出していた岩の一部が落下する。そのすぐ下にいたサラを、エルハが体当するようにして逃がす。二人は一緒に転がり、事なきを得る。

「怪我はないか、二人共?」

「はい、克臣さん」

「大丈夫です。ですが、ここからみたいですね」

「……だな」

 ごくん、と克臣がつばを呑み込む。彼らの目の前で、二体の飛竜が大きく口を開けていた。

 一体は熱気を、もう一体は冷気でその身を覆っていく。暑さと寒さが襲って来て、体の感覚が混乱した。

「……でかいのが来る、な」

「結界を張るよ。みんな、備えて」

 晶穂が言い、ジェイスが「手伝おう」と手を添えた。二人の力で強固な結界が張られるが、二体の恐竜の力が未知数な以上、油断は出来ない。

「来る!」

 リンが鋭く叫び、同時に熱風と冷気が放たれた。それらはビリビリと結界を揺らし、あおられよろけた晶穂を後ろからリンが支える。

「ありが……っ」

「!」

 バラバラだった熱風と冷風が合わさり、力を増す。洞窟の岩がもろく壊れ落ちていく。結界にヒビが入り、晶穂とジェイスがすぐに修復にかかったが僅差だ。

「――魔獣たち、行け!」

 その時、聞き覚えのある声が響いた。何か巨大な影が二つ、結界の前に躍り出て水流を放つ。水蒸気が大量に立ち昇り、辺りは真っ白になった。

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