第615話 洞窟へと

 無事に九人乗船可能なボートを借り、リンたちは湖を北へ向かう。

 微風で波も穏やかな中、エンジンの音がやけに大きく響く。湖の北側にはキャンプ場もあるということで、そちらを目的にやって来る観光客も多いらしい。

「幸い、今日はキャンプ客はいないらしいよ。ボート貸しの店の人が言っていた」

「だったら、少々暴れても問題ないってことだな」

「出来れば、暴れずに済ませたいところですけどね」

 いつでも戦闘態勢に入りそうな克臣をいさめたエルハは、その視線の先に洞窟を捉えた。大きな入口の開くそれは、奥が深そうに見える。

「あそこでしょうか……?」

「地図でも、あの辺りですね」

 リンの手元にあるのは、観光案内所にあった本のコピーだ。地図の描かれたページだけを、許可を得て印刷してきた。それによると、確かに現実で洞窟のある場所にバツのマークが描かれている。

 地図と洞窟を見比べ、春直がぶるりと体を震わせた。

「あの奥に恐竜がいる……?」

「断言は出来ないけど、可能性は凄く高いよね」

「どれくらいの大きさなんだろうな」

「どれだけ強くても、ぼくらみんなでいれば絶対認めてもらえるよ!」

「……お前たち、頼もしいな」

 決して負けるなどとは考えない。その真っ直ぐさを見習わなければと考えつつ、リンは徐々に強まる頭の痛みと戦っていた。

 毎回そうだが、五つ目の守護も強い魔力を持ってリンたちを迎え撃つつもりらしい。それでも前回よりは浅い痛みだ。

「……行きましょう。立入禁止とも書いていませんし、観光地の一つのようですから」

「『幻獣の住処』っていう名前もついているみたい。完全に観光地だね」

 晶穂の言う通り、観光ガイドにもその名前が書かれている。絵本の作者が研究発表したことで、場所が知られるようになったという説明書きもあった。

 リンたちを乗せたボートは真っ直ぐ洞窟の中へと入り、小さな砂浜に乗り上げるようにして止まる。砂浜に下りると、細かい砂が靴にまとわりついた。

 タイミングが良かったのか、リンたちの他に入り込んだ人はいないようだ。しかし、それも作為的なものに思えてしまうのは考え過ぎだろうか。

(今は、この感覚を頼りに行くしかない)

 リンの中で暴れる毒が、何かを嫌がっているような感覚がある。それは頭痛という形で表に現れ、リンを苦しめるが、種が四つ集まった今は少しだけましだ。

 晶穂はじっと洞窟の奥を見詰めるリンの頬を汗が伝うのを見て、そっとハンカチを差し出した。

「リン、汗かいてるよ……」

「ああ、わかってる。この先に早く来いって、呼ばれている気がする」

 リンは晶穂のハンカチを受け取らず、手の甲で汗を拭う。そして「これからもっと汚れるだろうから、ハンカチはその時に取っておいてくれ」と笑った。

「ここでも、やっぱり戦うことになるのかな?」

「出来れば、洞窟をあまり破壊しない方向で種を得られれば良いけどな」

 何にせよ、更に奥へ進む必要がある。周囲に気を付けながら、一行は洞窟を奥へと進む。彼らの靴が砂を鳴らす音だけが響き、緊張感が増していく。




 同じ頃、ジスターはノイリシア王国の王都を出て街道を歩いていた。ペットの散歩の如く魔獣の一頭を先に歩かせながら、リンたちの向かった方向を探っていた。

 魔獣に乗って駆け抜ければ、すぐに隣町まで行くことは出来る。しかしその場合、わずかな手掛かりを見付けられない可能性が高い。手掛かりを持たない今、ジスターは堅実な方を選んでいた。

(とはいえ、オレの記憶だけを頼りに人探しをするというのも難しいよな)

 城に手掛かりを求めに行った方がよかったか。少し後悔し始めていたジスターは、後ろから突然「おい」と声をかけられ勢いよく振り返った。その手には、瞬時に創り出した水の剣が握られている。

「……物騒だな、お前」

「突然背後を取られて、警戒しない方が不用心だと思うが?」

「まあ、それもそうか」

 突然声をかけて悪かったな、とその青年は言う。

 青年の髪は青空のような水色で、瞳は鮮やかな紫色をしている。しかし左目は見えていないのか、白濁としていた。黒いフード付きの上着を羽織るが、その下はまるで城の騎士のような出で立ちだ。

 一体何者なのか、何故声をかけて来たのか。青年の目的を図りかねていたジスターに、彼は名乗る。

「おれの名はとおる。ノイリシアの王城で近衛の任についている」

「融……さん。オレはジスターと言います」

「名前だけ、リンたちから聞いている。それから水の魔力を持つということも」

「えっ」

 思いがけない人の名と言葉を聞き、ジスターは思わず融を見詰めた。

「更にこの辺りで魔獣と共に歩いている男がいるという話を聞いて、もしかしたらと思ったんだ。リンたちを追って来たんだろう?」

「――はい」

「だったら、この道を真っ直ぐ行くと良い。大きな湖があって、その何処かにあいつらはいるから」

 それ以上の詳しい場所はわからない。融が謝ると、ジスターは「とんでもない」と苦笑した。

「おれは、最悪こいつに乗ってノイリシア中を探し回ろうかと思っていたから。手掛かりが掴めて、心底ほっとしています。ありがとうございます、融さん。行ってみます」

「ああ。……それから、そんなに畏まらなくて良い。リンたちと同じように話してくれた方が、おれも楽だ」

「……わかった。ありがとう、融」

「ああ。それから、リンに『さっさと終わらせて城へ来い』と伝えてくれ」

「心得た」

 融に礼を言い、ジスターは自分を見上げていた魔獣の頭を撫でてやる。そして、指を鳴らして魔獣を大きくした。

 水の魔獣にまたがり、融に教わった通りに南へ向かって駆け出す。突風が吹き、一瞬にしてジスターの姿はその場から消え失せた。

「……」

 ジスターの向かった方角を眺めた後、融もまたテレポートの力を使って姿を消した。

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