第614話 書き残されたもの

 湖からほど近い観光案内所に入ると、数組の観光客が展示を見たり受付で話を聞いたりしている。全員で行くのは流石に人数が多過ぎるだろうということで、代表してリンとユキが受付に話を聞きに行くことにした。

 兄弟が受付の女性と話をするのを待つ間、晶穂たちは観光案内所の中を見学する。建物の中には、手作りらしき新聞がたくさん貼られていた。更に周辺で発掘されたという昔の皿の欠片や、建物の痕跡についての報告書も置かれている。

 資料の中に湖の恐竜に関するものはないか、と資料の紹介文を注意深く読んでいく。しかしそこには、生息場所に関する話は全く載っていなかった。あるのは伝説の詳細と研究史についての資料のみ。

「めぼしいものはなさそうだね」

「そうですね、ジェイスさん。リンたちが戻って来るのを待つ方が早いかもしれませんね」

 ジェイスと言い合い、晶穂はちらりとリンたちの方に目をやる。それに気付いたジェイスが、小さく笑って囁いた。

「気になる?」

「えっ。あ、いや……ユ、ユキと一緒ですし別に」

「受付の女性と話してるのを見てるから、妬いているのかと思ったけど。わたしの早とちりだったか」

「う……」

 図星を突かれ、晶穂は返答に窮する。

 晶穂とて、受付嬢と話したところで何もないということはわかっている。それでも、リンの容姿が整っていて異性にも同性にもモテると知っているから、気になってしまうのだ。

(何で、こんなに……。重いって思われたくないのに)

 心なしか、受付嬢の頬が赤いように見える。しかしそれは気のせいだ、と晶穂は自分に言い聞かせた。

「――ほら、今探せるものは探しましょ?」

 ジェイスの背を押し、晶穂は案内所の奥の展示スペースへと足を向けた。


「――……という話が伝わっていますね。他にもありますが、書籍の方が詳しいですからこちらに」

「ああ、ありがとうございます」

 一方、リンとユキも受付の女性から情報を得るために色々と質問をしていた。女性はカウンターの奥から幾つか資料を出してきてくれ、丁寧に説明してくれる。今も、観光案内所奥の展示スペースに並んでいるという書籍の一覧を見せてくれた。

「こちらとこちらが、先程おっしゃっていた絵本の作者様の書籍です。湖の恐竜について研究なさっていたようなので、お役に立てるかと思います」

「そうなんですね。おねえさん、ありがとうございます」

 にこにこと応対する弟と、クールさを失わない兄の組合せ。そろって容貌も容姿も整っていることもあり、実は受付カウンターの奥では女性たちが密かに黄色い悲鳴を上げていた。勿論、応対中の女性も例に漏れない。

「お二人は、旅行でこちらへ?」

「はい。恐竜伝説のある湖というのが気になって、仲間と一緒に」

「あの方々ですね」

 受付嬢が目をやると、リンは頷く。

 ジェイスと晶穂、春直の姿は見えなくなっているが、他のメンバーは奥のスペースではなく手前で展示を眺めている。リンはここで得られるものはないと判断し、ユキに目で合図を送る。するとユキは、返事をする代わりに受付嬢の顔を見た。

「おねえさん、色々教えて下さってありがとうございました」

「あ、はい。楽しんで下さいね」

 手を振るユキと軽く会釈するリンを見送り、受付嬢は目の保養だったと胸をときめかせるのだった。当然の如く、同僚たちから様々に質問攻めにされるのだが、それはまた別のこと。

 リンとユキは貰った資料を手に、近くにいた克臣のもとへと向かった。

「おお、お帰り。二人共」

「ただいま、克臣さん」

「克臣さん、晶穂たちは何処に行ったんですか?」

「ああ、あいつらなら奥の展示スペースにいるよ。本もあるらしくて……って、話を聞いて来たお前らの方が詳しいか」

 克臣はリンたちの手元を見て、クッと笑った。

「奥には、絵本の作者の研究書もあるという話です。伝説に関する資料もあるでしょうから、見に行きましょう」

「だな」

 リンたちが動き出すと、離れたところにいたエルハやユーギたちも動き出す。

 奥の展示スペースには、天井まで届く本棚が壁一面に備え付けられ、下の段にある絵本を小さな男の子が引き出して持って行った。リンは先に来ていた晶穂の手に、受付で教えられた絵本の作者の書籍を見付ける。

「晶穂、それ」

「うん、あの絵本の作者さんの本。これから読もうと思って」

「俺にも見せてくれるか?」

「ん? うん」

 二人は近くにあった丸いソファに腰を下ろし、並んで本に目を落とす。最初から読む時間はないため、目次を見て必要箇所だけを読むことにした。

「『恐竜の名前について』と『生息域推測』は読むか」

「うん。最後の『夢か幻か』も気になる」

「じゃ、順番に読むか」

 晶穂の膝が置いた本をめくり、リンが覗き込んで読む。二人共真剣に守護の手掛かりを掴むために文字を追っているのだが、ジェイスと克臣からすると可愛くて仕方がない。

「なあ、あいつら……」

「無自覚だから。——ふふっ。ほら、わたしたちも探すよ」

「おう」

 それぞれに恐竜の手掛かりを探す中、本を読んでいたリンと晶穂が同時に「あっ」と声を上げた。

「これ……」

「見付けた」

「どうかしたの?」

「――っ」

「わっ」

 ユーギがしゃがんで二人の顔をしたから覗き込むと、リンも晶穂もぎょっとした。それから気を取り直し、集まって来た仲間たちに該当箇所を見せた。

「ここ、読んで下さい」

「なになに? ……『私は、パルファ湖の恐竜の伝説を研究することでその実在を証明しようとした。そのために湖の傍に家を建て、毎日湖を観察し続けた。研究を始めて十年後、私は初めてその影を捉えた』?」

「おい、これって」

 ジェイスが目を見開き、克臣が身を乗り出す。彼らの反応に、リンは大きく頷いてあるページを指で差した。そこには、湖とその周辺の手書きの地図が掲載されている。地図の北側に、バツのマークが書かれていた。

「一つの可能性ですが、行ってみる価値はあると思います」

 マークの地点は、船を借りなければたどり着けない。一行はボートを一艘借り、その場所を目指すことにした。

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