第613話 絵本の恐竜

 汽車の駅に着いた翌日、リンたちは食事を済ませてすぐに宿を出た。向かうべき目的地は、パルファの町の郊外にあるパルファ湖。町のガイドブックによれば、海から流れ込む水を含む汽水湖。更に様々な種類の魚や海産物が取れ、幾つもの漁業と観光業の盛んな地域だという。

「おお、大きな湖ですねー」

「向こう側が見えないね」

 辿り着いた先で、湖の岸辺に立って春直とユキが感嘆の声を上げた。湖は確かに広く、彼らから見て右手奥には漁をするための船が数そう繋がれている。観光客らしき人々が何組か見られ、観光用のフェリーに乗って行った。

 エルハが背伸びをして湖の端を見付けようとする春直たちの傍に立ち、伸びをする。

「ここは、ノイリシア王国の観光地の一つなんだ。昔から恐竜の生き残りが住んでいるっていう伝説があって、証拠を発見しようという人々が多く訪れていたからね。今では地元がそれを利用して観光業を発展させているよ」

「商魂たくましいな……」

 呆れ顔を見せた克臣だが、さてと腰に手を当てて振り返る。

「ここからどうする? まさか、観光船に乗って観光しようというわけでもないだろう?」

「それはそうです。けれど、パルファ湖の恐竜が何処にいるのか、その手掛かりだけでも掴まないと」

「つまり、リンの体は辛さを感じてはいないということかな」

 ジェイスが弟分の肩に手を置き、見下ろす。リンは彼の問いに頷くと、左腕のバングルを撫でた。

「まだ守護が近くにいないからなのか、楽ですね。いつ反応するかわかりませんが、今のうちに打てる手は打っておきたいのですが……」

 とはいえ、手掛かりはまるでない。エルハとサラに尋ねるも、二人共首を横に振った。

「伝説はそれ程詳しくなくて……」

「僕もです。……そういえば、サラがノエラに読んであげるんだと言っていた絵本がなかったかい?」

「絵本?」

「そう。確か、ひとりぼっちの……」

「あ。『ひとりぼっちのごあいさつ』? あれはノイリシア王国の昔話絵本の系統で、子どもの竜がしゅじんこ……あ」

「サラ?」

 どうかしたのと晶穂が尋ねると、サラが目を輝かせて「思い出した!」と声を上げた。その声に驚いたのは仲間たちのみならず、少し離れた場所にいた観光客も同じだ。ぎょっとした顔でサラをちらっと見た後、彼らは何処かに行ってしまった。そんなことは気にせず、サラは手をパタパタさせる。

「城にはたくさんの絵本も所蔵されていて、そこから一冊を借りてノエラ様の寝る時に読み聞かせをすることがあるんです。この前は、恐竜が主人公の『ひとりぼっちのごあいさつ』というものなんですけど」

「察するに、パルファ湖の恐竜が関係している?」

「はい。絵本の主人公は、大昔から一人ぼっちのパルファ湖の恐竜です。彼は毎朝起きると、陽の光に向かって挨拶するんです。勿論、一人ぼっちですから答えなんてありません。それでも、恐竜は挨拶を続けるんです」

 一見寂しい物語のようだが、いつしか恐竜の挨拶に返事を返す声が現れた。

「それは、近くの森に住んでいるリスの親子だったんです。それから毎朝おはようの挨拶を交わすようになって、恐竜は寂しくなくなるっていうお話です」

 恐竜とリスの家族は交流を重ねるようになり、やがて森の動物たちとも恐竜は仲良くなっていく。めでたしめでたしで幕を閉じる絵本を、サラはノエラに読み聞かせたのだ。

 サラの話を聞き、晶穂は頭の中で恐竜とリスが仲良くする様子を想像した。なんとも可愛らしい光景だ。

「本当にそんなことがあったら、ちょっと見てみたいかも」

「だよね。絵本の作者さんのイラストもすごく可愛らしくてあったかくて……半世紀も前の作品とは思えないくらいなんだ」

「半世紀もって……五十年も前の絵本なの?」

 思いがけず長い時間を経た作品だと知り、晶穂の目が大きく見開かれる。

「てっきり最近のかと……」

「それが、五十年前なんだ。その頃にはもう湖の恐竜伝説は有名で、この人が描いたことで更に知られるようになったみたい」

「……となると、その作者の方にお話を聞ければ最高なんだがな」

 リンが呟くと、サラは首を横に振った。

「残念ながら、作者の方は十年前に亡くなってるみたい。その代わり、これまでの調査資料を集めた資料館が観光案内所にあるんだって」

 行ってみませんか? そう言ったサラが自分の端末を操作して見せてくれたのは、パルファ湖近くにある観光案内所までの地図だ。ここから五分程の距離にあるらしい。

「湖を見ていても、手がかりは得られなさそうだな。……一旦、案内所に行ってみましょう」

「恐竜に関する資料……どんなのがあるんだろう」

「守護ってことは、会えるかもしれないね!」

 わくわくと興味津々なのは、春直とユーギだ。彼らと地図を持つサラを先頭に、一行は湖を離れて観光案内所へと向かった。




 同じ頃、ジスターは船の上にいた。相棒である水の魔獣たちを子犬くらいの大きさに変え、周りを怖がらせないように傍においている。

「……」

 甲板でぼんやりと海を眺める姿はミステリアスで、同乗した女性客の注目を集めていた。しかし本人はそんなことを知らず、船を降りた後のことを考えるのみ。

(闇雲に探しても、あいつらがリドアスに戻ってしまえば意味がない。……ノイリシアに知り合いもいないし、魔獣たちの力を借りるか)

 魔獣たちは実体を持たないが、世界に満ちる水と繋がっている。その中に含まれるリンたちの魔力の波動を探し出し辿ることが出来れば、追いつくことが可能だ。

 昔一度、兄とはぐれて迷子になった時に使ったきりの力だ。そう思いあたり、ジスターの中に苦いものが落ちる。

 その時、船の汽笛が鳴った。そろそろ、ノイリシアの港に着くようだ。

「……行こう」

 自らを鼓舞し、ジスターはノイリシア王国へと足を踏み入れた。

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