ノイリシア二つ目の種
第612話 短い汽車の旅
一晩をテントで過ごしたリンたちは、一路ノイリシア王国の南部へ向かうために街道を歩いている。土地と土地を繋げるために作られた街道は、南部まで繋がっているという。しかし歩いて行くとなると、そこそこの距離があった。
「エルハさん、あとどれくらいですか?」
「歩き続ければ着くけど、そんなに悠長なことを言っている暇はなさそうだ。少し行った所に汽車の駅があるはずだから、そこから南へ向かおう」
エルハの言う通り、遠くに駅舎が見える。リンは真っ直ぐ前を向き、少し足を速めた。
幸い、汽車は五分後に駅にやって来るという。一行は待合室で待つことにしたが、丁度エルハの端末がポケットで音をたてた。
「すみません、出てきますね」
「遅れないよう、気を付けてね」
サラが手を振り、エルハは端末を耳にあてながら待合室を出る。
待合室からは、外ののどかな町の風景が見えた。それを眺めていたリンは、ふとバングルに目を落とした。左手首に嵌められたそれには、種が入った石が装着されている。
恐らく、物理的に種が入っているという説明は間違っている。石の中にある空間の中に、種が仕舞われているのだろう。つけているリン自身、その構造はよくわからない。
じっと見詰めていたからか、隣にいた晶穂が心配そうにリンの顔を覗き込んだ。
「リン、痛む?」
「ああ、いや。何となく、見てしまうんだ。最初よりも、痛みはない。それに、ここは新たな種とは距離があるから」
「そっか、よかった。杞憂だったね」
優しく微笑んで姿勢を戻そうとした晶穂は、ふとリンのズボンのポケットが光っていることに気付いた。
「リン、それ……」
「ん? ああ、誰だろう」
端末を取り出すと、そこには一香の名が表示されている。リドアスで何かあったのか、と急いで通話を始めると、一香の穏やかな声が聞えてきた。
『団長、お元気ですか?』
「お蔭様で。……って、一香さんが俺に電話って珍しいですね。何かありましたか?」
『実は、ジスターさんが目覚めたんです。ですが』
「ですが?」
気付けば、リンの周りに仲間たちが集まっていた。全員が一香の次の言葉を待っている。それを知らないであろう一香は、少し困ったような声でこう言った。
『さっきいなくなってしまって。メモが残されていて、ノイリシアへ行くと』
「俺たちと合流するつもりか……?」
「そうだろう。彼は、とても責任感が強いというか、真面目な子みたいだから」
『その声は、ジェイスさん? 皆さん近くにおられるんですか?』
身を乗り出していたジェイスの声が聞こえたのか、一香が驚く。リンは「そうです」と返し、一香にジスターが何処まで知っているのかと尋ねた。
『とても簡単にしかお話ししていません。花の種を探すために、とだけ』
「……それで察した部分はあるんだろうな」
リンは一香に礼を伝え、通話を切った。すると丁度、エルハも外から戻って来る。
「あ、エルハさんお帰りなさい」
「うん、ただいま。今、城から連絡があって……」
エルハが話し始めようとした直後、駅のアナウンスが響き渡る。もう汽車が到着するらしい。
「話は乗ってからだね」
「ですね」
バタバタと忙しなく汽車に飛び乗った一行は、ボックス席を三つ占領した。
「それで、エルハさん。さっきの続きを」
「ああ、そうだね。目的地までは三十分くらいあるし」
そう言うと、エルハは話柄を変えた。この車両には彼らしかおらず、話を聞かれる心配はない。
「城から連絡があったんだ。リドアスから、ジスターがこちらに向かったという知らせが届いたと」
「それ、さっき俺にも来ましたよ。一香さんが教えてくれました。どうやら、目覚めてそれ程経たずに出て行ったみたいですね」
「同じ内容か。そのジスターっていうのは、どういう人なんだい?」
「あ、あたしも知りたい!」
ハイハイと手を挙げたのは、リンの後ろの席で晶穂の隣に座るサラだ。
ちなみにリンとエルハとジェイスと克臣が同じ席、通路を挟んで年少組、そしてリンたちの後ろのボックス席に晶穂とサラがいる。人目を気にしなくても良いからか、サラは身を乗り出していた。
「晶穂から元敵方って聞いたけど……何がどうなって今みたいな事態になってるの?」
「それは……」
サラとエルハに説明するため、リンはかいつまんでサーカス団との戦いについて語った。時折ジェイスや克臣が補足し、五分程である程度語り終える。
「お兄さんを……それは、きっと辛かったよね」
「サラ……」
椅子の背もたれの上でぎゅっと手を握り締めるサラの背を撫で、晶穂も顔を覗かせた。
「ジスターさん、わたしたちの居場所は知らないよね? 一香さんにも伝えてはいないし……どうやって探すつもりなんだろう?」
「一応、城にもし来たら向かっている場所を伝えて欲しいとは話してあるけれど、元々そういうことをしていたのなら、城に行くのは
「病み上がりですから、無茶をしないでいてくれたら良いんですけどね」
リンは苦笑いし、車窓から外を見る。町中であったはずの景色は徐々に姿を変え、今は緑豊かな山々が見えていた。もう少ししたら、また都会になるとエルハが言う。
「港町だから、賑やかだよ。パルファ湖は、町から歩いて行ける距離にあるから、明日の朝一番で向かえば良いんじゃないかな?」
「そうしましょうか」
近付いて来る夜の気配を感じながら、汽車は一路南下して行く。
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