第611話 次なる目的地

 小さな蝶が残した目印を追い、リンたちは無事に崖の上に辿り着くことが出来た。少し休み、それから集落に戻るために森を歩いて行く。

 草介の待つ集落に辿り着いた時、辺りは夕暮れになっていた。

「今回は、お世話になりました」

 部屋に通され、立ったまま開口一番でリンが頭を下げる。それに倣う若者たちを目の当たりにし、草介は「おやおや」と目元を緩ませた。

「ワシは何もしていないでな。目的を達したのは、あくまで自ら動いたあなた方だ」

 はっはっと笑った後、草介はリンと晶穂がなかなか座らないことに首を傾げた。そして、ああと合点する。

「お二人共、特に泥だらけですな。それに他の皆さんも。よかったら、順番に汗を流してもらえれば」

「そんなっ。そこまで甘えられません」

「すぐにお暇しますから」

 リンと晶穂は遠慮するが、草介も笑顔のまま譲らない。

「ワシは案内しかしていないでな。ジジイの気まぐれと思って、待っている間はお喋りにでも付き合ってくだされ」

「……ありがとう、ございます」

 笑顔の圧に根負けし、リンたちは順番に湯浴みをさせてもらうことにした。

「ありがとうございました、草介さん」

「ああ。こっちに座りなさい」

 最初に汗を流したリンは、入れ替わりに出て行く晶穂を見送って腰を下ろした。ユキたちはそれほど汚れていないから、と四人で入ってもう髪を乾かし終わっている。

「きみたちは、銀の花の種を集めているとそこの青年から聞いたが……。何故そういうことに?」

 草介が言う青年とは、ジェイスのことだ。エルハも種を探していることは伝えただろうが、詳細は又聞きでしか知らない。ましてや、草介が知るわけもない。

 リンは少し迷ったが、話せる範囲で草介に語ることにした。彼が他の種の情報も知っていたら、という期待もある。

「全てを話していては、日が暮れます。ですから、かいつまんでということになりますが……」

 そう前置きをして、リンは種を集めることで己にかけられた呪いを解きたいのだと話す。そこから草介の質問に答える形で話は進み、時折リンが答えにくい問に関しては、ジェイスと克臣、エルハが助け舟を出した。

「なるほど。……お前さんたちは苦労しているようだ。勿論、銀の華という自警団の活躍はこの田舎にも聞こえているよ」

「そうだったんですね。エルハがいるとはいえ、すんなりと受け入れられて少し驚いてもいたのです。その謎が溶けましたよ」

 ジェイスが微笑み、草介は頷く。

「そりゃあ、エルハルト殿下の紹介とあれば受け入れない訳にいかない。しかも、名高い自警団となれば、尚更だな」

 それから晶穂が戻って来るまでの短い時間、リンたちは草介との世間話を楽しんだ。特にユーギや春直は彼の孫と同年代ということで、特に目をかけられる。

 晶穂がさっぱりとした顔で戻ると、突然サラがぎゅっと彼女に抱き付いた。

「さ、サラっ」

「久し振りにくっつきたいのにぃ。相変わらず、晶穂はこういうの苦手?」

「苦手というか、どういう対応をしたらいいのかわからないというか……」

「じゃあ、あたしにされるがままで良いよ!」

 そう言って、サラは戸惑う晶穂にくっつき笑う。晶穂もつられて相好を崩し、二人の様子が全体の雰囲気をより和らげた。

 その後は晶穂も加わり、穏やかな時を一時間程過ごす。そして夕刻が近付いていることが、窓から射し込む光の角度によって察せられた。

 リンはジェイスたちと目を合わせ、首肯する。出されていた紅茶を飲み干し、草介に丁寧に頭を下げた。

「そろそろお暇します。本当にお世話になりました」

「ああ、もうそんな時間か。……次に行くあてはあるのかい?」

 草介に問われ、リンは「いいえ」と首を横に振った。すると草介は少し考える素振りを見せた後、リンたちに少し待つようにと頼むと部屋を出て行ってしまった。

「どうしたんだ?」

「さあ……?」

 唯文と春直が言い合い、草介の消えたドアの方を見詰める。それから数分後、草介が何か折られた紙を持って戻って来た。

「待たせたね」

「何ですか、それは?」

「地図だよ。ノイリシアのね」

 エルハの問いに応じた草介は、手に持っていた紙を机に広げる。確かにノイリシア王国の主要都市の名前が書かれた地図だ。

 草介は右手の人差し指を、地図の南側に置く。そこには、大きな湖が描かれていた。地図を覗き込んだエルハが、軽く息を呑む。

「それは……『パルファ湖』? 確かそこは」

「そう。恐竜伝説のある有名な湖だ」

「恐竜伝説?」

 早速食いついたユーギに、エルハが笑って応じる。

「そうだよ。この湖は大きくて、一つの町がすっぽり入ってしまうと言われている。更にその大きさもあってか、大きな生き物の影を見たという話が伝わっていてね。いつからか、パルファ竜って言われるようになったんだ」

「へええ」

「ですが、そのパルファ湖と銀の種とはどんな関係があるというのですか?」

 至極最もなエルハの疑問に、草介は笑って応じた。

「実は、この湖でも最近不思議な現象が起こっているという話がありましてね。なんでも、パルファ湖の巨大生物が白い光と共に姿を見せる回数がとても多くなったというのですよ。もしあてがないのでしたら、そちらに向かうのはどうかと思った次第でして」

「巨大生物と、白い光……。次はそこへ行ってみましょう。何となく、それであっているという感覚がありますし」

「じゃあ、そうするか」

 克臣が集落から湖までの距離を指で計り、エルハに行き方を聞いている。好奇心旺盛な年少組は顔を輝かせ、行かないという選択肢は消えた。

 リンたちは草介に見送られ、ノイリシア王国野南部へと足を向ける。

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