第608話 導きの先

 光と蝶がぶつかり、激しい輝きが放たれる。そのまばゆさに思わず目を閉じた晶穂は、同時に起こった爆風でバランスを崩した。

「あっ」

「……危なっかしいな、相変わらず」

 晶穂がゆっくりと目を開けると、苦笑を浮かべたリンが自分を抱き留めていた。戦闘時だからこその落ち着きを見せるリンに、晶穂は赤面して顔を伏せる。

「ご、ごめん。ありがと」

「ああ」

 リンはふっと表情を和らげ、それからすぐに真剣な顔をして正面を向く。彼の視線の先には、第二の巨大蝶がいるはずだ。しかしまだ光は強く、どうなっているのか目視することが出来ない。

 大剣を構えたまま、克臣が仲間たちへ注意喚起を飛ばす。

「全員、気を散らすな。まだ終わったわけじゃないからな」

「ええ、勿論です。……あっ」

 克臣と対角線上にいたエルハが、何かに気付いて指差した。自然と全員の視線がその指の先に吸い寄せられ、言葉を失う。

 パンッという破裂音と共に、蝶であったものたちが全て光になって溢れた。その光は冬のイルミネーションによく似ている。

「……綺麗」

「晶穂、不用意に触れたら」

 思わず晶穂の手首を掴んだリンに、晶穂は「大丈夫だよ」と微笑んで返す。指に光が触れ、溶けるように消えた。

「魔力の気配は感じないよ。それよりも、種の気配の方が強い」

「……確かにな」

 雨のように降りしきる光の粒を見上げ、リンは目を細める。それからふと気付いて、勢い良く振り返った。彼の視線の先にいるのは、先程鱗粉に触れて動けなくなってしまったユーギと春直である。

「ユーギ、春直、具合はどうだ?」

「団長。少しずつ、良くなってきたかも?」

「この光に触れると、痺れとかが消えていく気がします」

「確かに」

 両手を握ったり開いたりを繰り返し、ユーギが「ほらっ」と開いた手をリンに見せる。その無邪気な顔に、リンはほっと胸を撫で下ろした。

「そうか、よかった」

「あの、心配して下さってありがとうございます。団長」

 ユーギの隣で、春直が慌てた様子でぺこりと頭を下げる。それを見て、リンはそっと彼の頭を撫でた。

「当たり前だろ、仲間なんだから」

「――はい」

 気持ち良さそうに耳を垂らす春直の柔らかな髪を撫でていたリンは、晶穂の「あっ」という小さな声を耳にして振り返った。

「晶穂?」

「リン、あれ見て」

 晶穂が指差した方を見ると、一羽のアゲハチョウほどの大きさの蝶がひらひらと舞い飛んでいる。その蝶以外は全て光となって消えてしまったため、より稀有に映った。

「何だろうね、あれは?」

「ジェイスさん」

 隣にやって来たジェイスと共に円を描くようにひらひら飛ぶ蝶を見上げていたリンは、ふと頭痛を感じて右手を額にあてた。じんじんと痺れるような痛みが走り、無意識に呻く。

「うっ」

「リン、どうした?」

「少し、頭が……」

 ジェイスに支えられ、晶穂たちが見守る中、リンは瞼の裏に何かが見えた気がして目を丸くした。それは頭上を飛ぶ蝶が森の中を飛ぶ光景で、何処かへ向かおうという意思を感じさせる。

 リンはゆっくりと立ち上がり、蝶を見上げる。すると蝶は心得たとばかりに円を描くように一蹴飛んだ後、何処かを目指して飛翔して行く。

 歩き出そうとするリンに、晶穂が首を傾げて声をかけた。

「リン?」

「晶穂、みんな。あいつを追いましょう。たぶん、ついて来いって言っている」

「うん」

 リンの頭痛は続いていたが、晶穂が彼の手に触れて魔力を流すことによって軽減する。癒しの力を持つ晶穂の力を借りっぱなしだと内心肩を竦めたリンは、彼女の手を力強く握り締めた。

 二人の後を、他のメンバーも追って行く。彼らがついて来ていることを見たのかは定かではないが、蝶は旋回しながら進むことは止めた。真っ直ぐにひらひらと飛ぶ蝶は、数え切れない木々の間を抜けて行く。

「何処まで行く気かな?」

「この先に何かあるんだろう」

「もしかして、種かな?」

「可能性は高いよね」

 年少組がわいわいと話しながら走る姿を後ろから見ていたジェイスは、蝶の飛んで行く方向に既視感があって内心首を傾げた。そしてすぐに思い当たり、声を上げる。

「この先は崖だ! 踏み外……」

「「えっ」」

 蝶を一心に追っていたリンと晶穂の声が重なる。蝶の姿は木々を抜けた先の下方にあり、そのまま落ちるように飛んで行く。

 それを覆うと踏み出していた二人は、当然の如く真っ逆さまに落ちた。

「うわぁぁぁっ」

「きゃぁぁぁっ」

「リン!」

「晶穂!」

 顔面蒼白のジェイスと克臣が悲鳴を上げ、その場は騒然とした。

 崖下を眺め、ユーギがパタパタと両腕を動かす。

「え、ど、どうしよう!?」

「下りるにしても、飛ぶのは難しそう。……こんなに枝葉が繁っていたら、翼が傷付いてこっちも怪我しちゃうよ」

 ユキは冷静に考えているようにみえて、じっと眉間にしわを寄せている。混乱を抑えるのに必死なのだろう。

「崖を伝って下りるか?」

「ほとんど垂直だよ。枝を伝えばあるいは?」

「とはいえ、体重を支えてくれるかは不明、か」

 唯文と春直が言い合い、彼らの傍に膝を付いたエルハが首を横に振る。

「この辺りは僕も調査で来たけど、この崖の下までは確認出来なかったんだ。言い伝えの中にはこの崖に関するものもあったけれど、まさか蝶が崖にいざなうなんて……」

「この近く、探してみようよ。もしかしたら、下りられるところを見付けられるかもしれないし!」

 一際明るい声でみんなを励ましたのは、サラだ。何処か表情は硬いが、笑顔を見せてエルハの腕を引っ張って立たせる。

「ここでただ待ってても、二人を捜せないでしょ?」

「……違いないね」

「全く、サラの言う通りだ」

 肩を竦め、ジェイスも軽く頭を振って気持ちを落ち着かせる。

「わたしたちが慌てても仕方がない。手分けして、二人を救出する道を探ろう」

「だな」

 克臣も賛成し、一行は崖下へ行く道を探すこととなった。

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