第607話 第二幕

 リンと晶穂の魔力と巨大な蝶がぶつかって生じた爆発と、それに負けない程の轟音。空気を震わせた背後の音に、流石の二人も驚いて振り返る。

 銀色の光になって消滅していく無数の蝶を越え、ほっと胸を撫で下ろしたらしいジェイスが微笑む。

「よかった。二人共、無事かい?」

「上手い具合に風穴を空けられたな!」

「ジェイスさん、克臣さん……」

 穴を塞ごうと殺到する蝶を自前の空気の盾で弾き返しながら、ジェイスはにこやかにリンと晶穂に手を振った。克臣も剣を肩に担ぎ、何でもない顔で二人の前に立って目元を和ませた。

 対してリンは、肩を竦めて苦笑するしかない。涼しい顔をして風穴を空けた目の前の二人だが、空く瞬間の魔力量は桁がおかしかった。隣で晶穂が唖然としているため、リンの感覚がおかしいわけではないだろう。

「全く……。何やってるんですか?」

「ちょっと腹が立ったから、少し力を入れただけだよ?」

「……そうですか」

 にこやかに受け答えするジェイスに、リンはこれ以上突き詰めてはいけないと話を切り上げることにした。それよりも重要な問題が、彼らの背後で起こっている。

「外のやつらにも伝えて下さい。……ここから、たぶん本番だと」

「了解」

 ジェイスが振り返ったのとほぼ同時に、蝶の球体が千切れるように解けた。散った蝶たちの中心で、一際大きな爆発が起こる。

「うわっ」

「ぐっ」

「うあっ」

 幾つもの呻きが聞こえ、爆風に耐えた後のこと。金属音のような羽ばたきを耳にし、リンは振り返った。

 するとそこには、巨大な蝶の形そのままに無数の小さな蝶が飛んでいる。あの蝶を構成していたものたちが、リンと晶穂の攻撃でバラけたのだ。

「晶穂!」

「うんっ」

 リンの合図を受け、晶穂は連なって突進して来る蝶の群れの正面に小型の結界を幾つも張る。それにぶつかった蝶たちが四方八方へ散り、それぞれの前に出た仲間たちが蝶を倒して行く。

「逃さないよ!」

 仲間たちが倒されていく様を見てか、蝶の一部が逃げ出そうとする。しかし、戦線離脱は許されない。

 早々に逃げ出そうとした蝶は、瞬時に凍らされて地面に落ちた。ユキが身にまとうダイヤモンドダストがカーテンのように戦場を覆い、逃げ道を塞いだ。

「これで、もう逃げられない」

「よっしゃ! 片付けるぞ」

 克臣が拳を突き上げる代わりに大剣を振り抜き、春直の爪が赤い軌跡を描く。ユキのダイヤモンドダストは徐々に空中での範囲を狭め、蝶の逃げ道を塞いでいく。

 蝶は力を持たない代わりに、その圧倒的な数で攻めて来る。しかし巨大な体を失った蝶の羽ばたきは決して強いとは言えず、徐々にその数を減らしていた。

「団長、こちらは片付きました!」

「ありがとうございます、エルハさん!」

 エルハを中心に、サラと唯文の協力もあって三分の一が姿を消した。サラの足元に落ちた蝶が、ふわりと姿を変えて光となり消える。

 彼らの続けと、春直やユーギが的確に蝶を倒していく。操血術を駆使し、春直は巨大化した爪で蝶を追い詰める。少し目を移せば、克臣とユキが背合わせになって彼らを取り巻く蝶の群れに立ち向かう。

「克臣さん、ぼくが凍らせるからその後を頼んでも良い?」

「任せろ」

 普段通り自信満々に返答した克臣は、その返事に違わない活躍を見せる。雪崩のように突っ込んで来る蝶たちをユキが凍らせると、それらに止めを刺しながらダイヤモンドダストから逃れた蝶を叩き斬っていく。

 克臣に斬られた蝶は、ひらひらと花びらのように舞って消えた。

「このまま押せば、いけそうだね」

 ユーギが自信を覗かせ近くに飛んで来た蝶を蹴りで倒した直後、狼の耳をひくつかせた。目を丸くし、集中する。

「ユーギ?」

「ねえ、春直。何か聞こえない?」

「何かって……うわあっ!?」

 ゴッと強い風の吹きつける音がしたかと思えば、振り返った二人の真後ろに三十羽程の蝶が作り出した新たな巨体蝶が出現していた。

 その第二の蝶は体を震わせると、羽ばたきに乗せて鱗粉をばら撒く。風に乗って広がる鱗粉がユーギと春直の腕や足にくっついた途端、二人はその場に座り込んだ。

 最初に変化に気付いた晶穂とリンが、悲鳴に近い声を上げた。

「ユーギ、春直!?」

「どうした、二人共!」

「来ちゃ、だめだ……。晶穂さん、だんちょ」

「ちょっと痺れてるだけだから、平気。でも、すぐには立ち上がれないかも……あはは……」

 顔色悪く苦笑いを浮かべるユーギと春直を見て、リンの中で何かが千切れた。押し黙り、静かに拳を握り締めるリンを見て、晶穂は何かを察す。

「……」

「り、リン……?」

「……潰す」

 深紅の瞳が苛烈に輝き、魔力が膨れ上がる。リンは晶穂の肩を軽く押して離れさせると、杖の先を鱗粉をまき散らす蝶へと向けた。

 ユーギと春直が動けなくなったことで、リンの堪忍袋の緒が切れたらしい。一切晶穂のことを振り返らず、しかし声だけは怒りを抑えた落ち着いた声で言う。

「……晶穂、ユーギと春直を避難させてくれ」

「わかった」

「頼む。俺は、役目を果たす」

 そう言うが早いか、リンは自分に向かって吹き荒れる鱗粉を光の防御壁で防ぐと一気に距離を詰める。

(これ以上、リンの体に負担をかけさせては駄目!)

 防御壁である程度は鱗粉を回避出来るが、それも完璧ではない。晶穂はジェイスと克臣にユーギと春直を託すと、リンの手助けをするために力を使う。彼の体を包む結界を張り、鱗粉の影響を最小限に留めるのだ。

「大丈夫か、二人共!」

 唯文がユーギたちのもとへ走り、介抱を手伝う。弱ったユーギと春直を狙って蝶たちが群がろうとするが、それをエルハとサラが撃退していく。

「――一撃で終わらせる」

 リンは蝶の複眼と間近で目を合わせ、輝く杖の力を借りて光の波動を叩きつけた。


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