第606話 気迫を籠めて

 ジェイスの矢が突き刺さるかに見えたが、蝶たちは数羽を犠牲にして大枠を守った。更に蝶の一部が噴き出し、ジェイスへと襲い掛かる。

「くっ」

 トリッキーな動き方をする蝶の群れに、流石のジェイスも対応し切ることが出来ない。そこへ、エルハの和刀が割り込み事なきを得る。

「エルハ、助かる!」

「いや。僕にはこれくらいしか出来ないですから」

 克臣たちが自由に動くことが出来るよう、エルハとサラは彼らのサポートに徹していた。サポートとはいえ、彼らに突進して動きを妨げる蝶を全て斬り捨て落とす二人の動きは無駄がない。

「サラ!」

「任せて」

 サラの爪が銀の蝶を切り裂き、消す。彼女は戦闘向きではないが、猫人だから動くものを追うのは得意だと笑う。今も、唯文の行く手を阻もうとした蝶の一団をバラバラにした。

「本物の蝶ならこんなことしないけど、これは守護だもんね。光になって消えてくし、倒さないと認めてもらえない」

「――そういうことだ」

 克臣の斬撃が蝶の作る球体に直撃し、十数羽が飛散する。それでも大きな風穴を開けるには至らず、唯文が追撃を仕掛けるが刃を弾かれる。

「ちっ。どんどん数が増えていくな」

 思わず舌打ちをした克臣の横に跳び下りたジェイスが、険しい顔をして口を開く。

「リンと晶穂を助けるのが遅くなる。……一気に仕留めるか」

「やってみるか、ジェイス?」

「ああ。……みんな、下がっていて」

 ジェイスの指示を聞き、ユキたちは彼らの邪魔をしない位置へと下がる。それを確かめ、ジェイスと克臣は頷き合った。

 ジェイスの体から魔力が湧き上がり、克臣の手にした大剣から闘気が沸き起こる。合図もなく同時に一歩踏み出し、気迫と共に一撃を放った。

「おおおおぉぉぉっ」

「はあぁぁぁぁぁっ」

 巨大なナイフに竜が絡まり、蝶の群れへと突き進む。




 少し時間をさかのぼり、リンと晶穂の前に巨大な蝶が現れた時のこと。

 リンは晶穂を背にかばい、剣の切っ先を蝶へと向ける。当然の如く、晶穂も氷華を手にしていつでも動くことの出来る心づもりだ。

「―――」

「くっ」

 蝶が大きく羽ばたき、ビル風のような強風が吹き荒れる。決して広くはない球体の中、リンたちは足を踏ん張り風に耐えた。

 しかし、比較的体重の軽い晶穂が風にあおられ体勢を崩す。

「……あっ」

「俺に捉まってろ、晶穂」

「う、んっ」

 しりもちをつきそうになった晶穂の腕を咄嗟に掴み、リンは彼女を引き寄せる。彼の視線は巨大蝶に向けられていたため気付かなかったが、彼の腕に支えられた晶穂は顔を真っ赤に染めていた。

(リンはこういう時、無意識でさらっと言うんだよね。……でも、足手まといには絶対になりたくない!)

 リンのシャツの裾を握り締め、晶穂は風にあおられながらも蝶の方へと目を向けた。彼女にとって、リンの隣に立つことには大きな意味がある。誰にも渡さないと心に決めた居場所を、全力で守るのだ。

「だあっ」

 風が弱まった瞬間を狙い、リンの斬撃が放たれる。それは巨大蝶の体に直撃し、蝶はバランスを崩した。しかし落ちてしまうことはなく、すぐに羽ばたきながらバランスを取り戻す。

「一発じゃ無理か」

「わたしもやるよ、リン。もう大丈夫」

 晶穂はリンの服から手を離し、力強く言う。それに対し、リンは決して否定しない。彼女をただ守るべき存在というだけでなく、仲間として頼りにしているからだ。

「――わかった。頼む」

「うん」

 だからこそ、晶穂もその信頼に応えたい。大きく頷くと、氷華を構えた。

「――」

 二人が巨大蝶を見上げると、蝶も複眼を彼らへと向ける。その何処を見ているのか定かではない目に挑戦者の姿を映し、蝶は本来ならばなし得ないはずの雄叫びを上げるように魔力を解放した。

 鱗粉の混ざった魔力の波動が撒き散らされ、晶穂は慌てて結界を張る。これで波動を遮断することは出来ないが、鱗粉は通さない。

 リンはほっと肩の力を抜き、自分の肩越しに腕を伸ばして結界を張る晶穂を振り返った。

「助かる」

「うん。何が含まれてるか、わからないから」

 波動に髪を煽られながら、晶穂の透き通った瞳が蝶を捉える。

「みんな心配してるよね」

「さっき、一瞬だが蝶の壁に穴が空いた。その時に克臣さんの顔が見えたけど……本気の顔だった」

 近々、全部吹っ飛ばす勢いで攻撃を放ちそうだ。リンがそう言うと、晶穂は目を丸くしてから苦笑する。

「ほんとだ。巻き込まれないうちに、こっちも頑張ろう」

「ああ」

 リンは剣を杖に持ち替え、より魔力行使を強める。そこに晶穂が手を添え、魔力を強化していく。リンの魔力は銀の華では少ない部類にあたり、晶穂の力を借りてようやく人並なのだ。

 危険を察知したのか、大きく羽ばたいた蝶が二人へ向かって突進して来た。

「来るぞ」

「うん」

 幾つもの戦闘を経験してきた二人は、杖を握る手に力を籠めて蝶を迎え撃つ。ギリギリまで引き寄せ、魔力を叩き込むのだ。

 リンの光の魔力と晶穂の和の魔力を掛け合わせた、まばゆいばかりの光が杖の先に嵌った珠から放たれる。それは突進した蝶の額にぶつかった。

 ――ドンッ

 爆発が起こると同時に、二人の背後で破壊音が鳴り響いた。

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