第605話 幾つもの風穴
リンと晶穂が蝶の群れに囲まれる少し前のこと。二人が祠の調査をしているのを横目に、ジェイスは草介が気を付けるようにと言っていた崖を見に行くことにした。どれくらいの距離があるのか、深さがあるのか、見ておけば対策が出来ると考えたのだ。
「……克臣」
「なんだ、ジェイスもか」
「ふっ。お互いにな」
思わず吹き出したジェイスの目の前で、克臣も白い歯を見せて笑う。二人はほぼ同時に一歩踏み出しており、同じことをしようとしていたことが丸わかりだった。
仕方ない、とジェイスは振り向いて目の合ったユキに向かって口を開く。
「ユキ、崖を見て来る。何かあったら叫んでくれるかい?」
「わかった! お願いします」
手を振るユキに見送られ、ジェイスと克臣は草介の言う崖を探した。祠の向こう側には背の高い草が木々の間から生えており、歩き難い。時折進路を邪魔する草や蔦を斬りながら、二人は足下に神経を集中させながら歩いて行く。
「おっ」
「見付けた?」
丁度、克臣が歩いていた先がないことに気付いて足を止めた。足を動かして探れば、確かにその先が崖だと感触でわかる。
「これは……結構危ないかもな」
「だね。わたしを含めて飛べるメンバーもいるけど、これだけ枝が張り出していたら翼を広げることは難しいな」
ジェイスの言う通り、崖の下は何処ち底があるのかわからない程、崖の途中や下から生えている木々の枝葉に覆われている。落ちたら最後、何処まで落ちるかわからない。すぐに助けに行くことも困難と思われた。
「ま、ここまで来ることはないだろ」
「ああ。この先に魔力の気配はないし。あるとれば向こうの……ん?」
ジェイスは無意識に魔力の気配の強い方を指差したが、それが何処を示しているかに気付きハッと目を見張った。そしてそれは、克臣も同じ。
「向こうってお前、リンたちがいる方じゃねぇか!」
「ジェイスさん、克臣さん!」
克臣が盛大にツッコんだ直後、祠のある方からユキの切羽詰まった声が聞こえて来た。
「ユキだね」
「戻るぞ、ジェイス」
「ああ」
踵を返した二人が駆け戻ると、年少組が目の前の状況に手も足も出なくなっていた。四人の視線の先を見れば、数え切れないくらいの数の蝶が群れをなして球体になっている。
「ジェイスさん、克臣さん!」
「ユキ、何があった? リンと晶穂は何処に……」
「あの群れの向こうです。上にいたはずの蝶の群れが、突然二人を取り巻いて……」
「何かきっかけがあったのかもしれないな」
おろおろと視線を彷徨わせるユキの肩に手を置き、ジェイスは「落ち着いて」と苦笑いを浮かべる。
「慌てても、解決しない。それよりも、四人が見たことを教えてくれないか?」
「う、うん」
「おれから話します」
未だ落ち着いたとは言い難いユキに先んじ、唯文が進み出た。ジェイスに促され、蝶の群れで創り出された球体を横目に口を開く。
「おれと春直は祠から見て南側にいました。ジェイスさんたちが行ったのとは反対の、おれたちが来た道を戻る感じで。ですが、手掛かりを見付けられなくて。戻ろうかという話をしていた時、不意におれたちの横を銀色の蝶が飛んで行ったんです」
「そうです。猫の性も手伝って、ぼくらはそれを追いかけました。するとその蝶はまだ小さかったあの群れに飛び込んで」
「見る間に群れは大きくなり、団長たちには警戒するように伝えることしか出来ませんでした……」
途中春直も説明に加わり、唯文と二人で悔しげに締め括った。
そんな唯文と春直の頭に、大きな手が置かれる。二人が見上げると、克臣がニヤッと笑っていた。
「でも、お前たちが気付いて伝えたから、リンも気付いたんだろう?」
「はい。振り返ったのはギリギリ見えたので」
「だったら、大丈夫。中で暴れてる頃だろうぜ」
そう言って、克臣は二人の頭に乗せていた手を外して代わりに手のひらから取り出した大剣を握る。ジェイスも弓矢を出現させ、一本を挨拶代わりに蝶の球体へと放つ。
「……って、流石に一発じゃ風穴を開けることも出来ないか」
肩を竦めたジェイスの言った通り、蝶の球体はジェイスの放った矢を弾き返してしまう。互いにぶつかりながら動く球体は、何処から飛んで来るのかわからない蝶を吸収しながら、その大きさを大きくしていく。直径三メートル程だったはずが、いつの間にかその倍以上の大きさに膨らんでいた。
「――一体、中で何が起こっているんだろう?」
時折球体から離れてこちらに飛んで来る蝶を蹴り落としながら、ユーギは呟く。落ちた蝶はそのままではなく、地面に触れた瞬間に消えてしまう。
ユーギの呟きを近くで聞いていた春直が、猫の爪を長く伸ばして「わからない」と応じた。
「わからないから、出来るだけ早く合流しよう。……大丈夫。ぼくらなら出来る」
「だね。落ち込んでる暇なんてない!」
「その意気だ」
春直の言葉に背中を押され、克臣の激励に首肯して返した。ユーギはユキの創り出した氷の板に乗り、より近くで特異な蹴りを効果的に使うために距離を測る。
その間にもジェイスとユキが遠隔で攻撃を加え、間を縫って克臣と唯文が物理的近距離攻撃で畳みかけていく。春直が飛び掛かって来る蝶を斬り刻み、ユーギは蝶の層が薄い所を探して集中的に蹴りを放つ。
「壁、部厚すぎでしょ!」
思わず呻いたユキは、特大の氷柱を創り出して投げる。蝶の形をしているために寒さに弱いのか、あたると動きが鈍る。
「今だよ!」
「わかった」
「ああ」
克臣と唯文は頷き合い、同時にユキの攻撃で動きを鈍くした部分に斬撃を浴びせかけた。十数枚の蝶の羽が散り、新たな蝶が補充されて穴を塞ぐ。
しかし、明らかに補充のスピードは落ちた。
「――いける」
ジェイスは更に多くの魔力を矢に籠め、渾身の力を籠めて放った。
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