第604話 蝶の祠

 草介がリンたちを案内したのは、集落からは歩いて十分程の距離にある山林の中にある祠の前だった。彼は杖をついてはいたが、ほとんどそれに頼らずにずんずんと歩いて行く。

 何の変哲もないと言えばない、石の板を四枚組み合わせて作られた祠。木製の観音扉に損傷が少なく見えるのは、何度も作り直されたからだと草介が言う。

「中を覗いてみてくれ」

 草介に言われ、最も近くにいたユキが代表して扉に付いた格子の間から覗く。すると中に不思議な形をした石が置かれているのが見えた。

「あれは、蝶?」

「良く出来ているだろう。蝶が羽を開いている様子を写し取ったような石だとこの辺りでは言われていてな、集落の守り神的存在だ」

「これと、蝶陽炎とに関係が?」

 ユキに問われ、草介は「そうだ」と頷く。

「守り神に関連する言い伝えは、全てこの祠の前で始まる。そして、最近また現れ始めた蝶陽炎も……ほれ」

「あっ」

 草介が杖で指し示した方を見て、誰かが声を漏らす。リンたちの頭上に、いつの間にか銀色の蝶の群れがいたのだ。

 銀色よりも白に近いそれらは、陽の光を浴びてキラキラと輝く。眩しさに目を細め、草介は呟いた。

「ここ最近、数が増えていてな。子どもたちには森の奥には入るなと言い聞かせてはいるがね。なにせ子どもというのは、大人の目を盗んでこそだと思っている節があるからなぁ」

 ちらりと年少組を見て、草介が柔らかい口調で言う。それを聞き、ユーギが頬を膨らませた。

「ぼくらは危険なこととそうじゃないことの区別はつくよ!」

「ふっふ。誰もお前たちもそうだとは言っておらんよ。あくまで、一般論だ」

 可笑しそうに肩を震わせた後、草介は「さて」とリンたちを見た。

「ワシが知っているのはここまでだ。この蝶たちは時が経てばいなくなるのが常だが、どうする?」

「祠の周囲から、種を探そうと思います。蝶がもしも守護に関連する何かならば、こちらの動きを見て何か仕掛けて来るかも知れませんし」

「仕掛けて来るのを待つのか? そんな危ないことを……」

「一人なら、そんなことはしません。ですが、俺は幸いにも仲間がいてくれるので、少々の無茶も出来るんですよ」

 だろう? そう目で言うリンに、晶穂は苦笑せざるを得ない。

「人任せみたいに聞こえるよ、リン」

「勿論全てを人任せにするなんて所業には出ない。それでも、ある意味間違ってはいないと思うぞ。おびき出すみたいなものだしな。……俺には見えないものだったとしても、独りじゃないから、必ずやり遂げる」

「――成程な」

 リンと晶穂の会話を聞いていた草介はうんうんと頷くと、杖で地面をとんっと突いた。そして杖を振り上げると、祠の後方を示す。

「この先に、言い伝えに出て来る崖がある。なかなか高いから、落ちないよう気を付けなさい」

「助かりました、草介さん。ありがとうございます」

 克臣が頭を下げると、草介は頷いて踵を返した。

「ワシは戻っておこう。いつでも来なさい」

「はい」

 ゆっくりと進む草介を見送り、リンは蝶の群れを見上げた。草介はいつの間にか消えてしまうと言ったが、蝶はまだまた消えそうにない。

 むしろ、その数を増やしているようにも見える。克臣は見上げてから、リンへと視線を向けた。

「さて。探すのか、リン?」

「はい。とはいえ、いつ仕掛けてくるかわかりませんから、充分注意して下さい」

「お前が一番気を付けないとな。狙われるとしたら、第一にお前だ」

「ですね」

 肩を竦め、リンは祠へと踏み出す。メンバーたちもそれぞれに気になる方向へと足を向けた。

 リンが祠の戸へと手をかけようとすると、晶穂が待ったをかける。

「リン、わたしにやらせて?」

「そうか?」

「うん。……また、リンがさらわれたら嫌だから」

 今回だけ。晶穂は申し訳なさそうに微笑むと、リンの手を追い越して祠の戸に触れた。小さな声で「ごめんなさい、開けますね」と祠の主へ断りを入れ、ゆっくりと開く。

 祠の中には、手のひらサイズの蝶の形をした石が平たい石の台座の上に置かれている。その傍に、もう一つ小さな台座があった。

「これ、外からは見えなかったよね」

「ああ」

 小さな台座の上には、ひまわりの種程の大きさのさなぎがある。リンがそれに手を伸ばして触れようとした時、二人の背後から唯文の声が飛んだ。

「二人共、後ろ!」

「えっ」

「……っ、囲まれたか!」

 いつの間にか、リンと晶穂を蝶の群れが取り囲んでいた。外の様子が見えない程、視界は蝶で埋められている。

「くっ……」

 晶穂を背にかばい、リンは蝶の群れと対峙した。外からは、仲間たちが攻撃する音が響く。

「リンッ」

「リン、晶穂! 待ってろ、すぐに助ける!」

「ジェイスさん、克臣さん……っ」

 頼れる仲間たちが、隔てられたとはいえすぐ傍にいる。リンは拳に力を入れ、強い眼光を蝶の群れへと向けた。

 そして気付く。徐々に広がっていく蝶の群れの作る球体の中に、半透明な何かが形成されつつあることに。

「あれは……大きな蝶!?」

「親玉ってことか。行くぞ、晶穂」

「うん!」

 これが試練か。リンと晶穂はそれぞれに得物を手にし、姿を完全に見せた巨大な蝶を見上げた。

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