第601話 センサー

 イリスたちから種の情報を得たリンたちは、一路王国を北へ向かった。一つ目の種があると思われる集落を目指すのだ。

「みんな、この道を北上するよ」

 街道を指差したサラが、嬉しそうにしっぽを振った。

 今回イリスの要請によって、リンたちの旅にサラとエルハが同行している。サラは本人たっての希望で、エルハはノイリシアの地理に明るいことから許された。

 エルハはいつも以上に元気の良いサラに対し、少しだけ不安そうだ。

「そんなにはしゃいでいたら転ぶよ、サラ」

「大丈夫。そこは猫人だからね、簡単にはコケないよ」

 自分で言う通り、サラは軽々と木の根や切り株を飛び越えて行く。その姿は本当に楽しそうで、少し先を覗いて戻って来た。

「団長、この先に滝があると思う。水の音がするから」

「なら、一旦そこで休憩だな」

「流石に疲れてきた……でも、もう少しなんだよね?」

 念押ししてくるユーギに「ああ」と頷き、リンはふと何かの気配を感じて立ち止まった。それに気付いた晶穂と春直が首を傾げる。

「リン?」

「団長、どうかしましたか?」

「いや……」

 軽く周囲を見渡すが、自分たち以外の生き物の姿はない。気のせいだと片付けようとしたリンは、しかし唐突に襲って来た左手の痛みに思わず膝を付いた。

「ぐっ……」

 突然の出来事に、周囲は一気にざわめく。エルハと唯文、克臣が一斉に周囲に目を走らせた。しかし怪しい影などはなく、三人は警戒の色をそのままにリンへと目を向ける。

「リン!?」

「兄さん!」

「だいじょ……っ」

「ゆっくり息をするんだ、リン」

 真っ青な顔で駆け寄って来る晶穂とユキを安心させたいが、うまく言葉が出ない。リンが脂汗と冷や汗の流れるのを自覚した時、ジェイスが背中を撫でてくれた。

「息の仕方、思い出すんだ。そう、ゆっくりで良いから」

「――っ、はっ、はっ」

 とんとんとん、とジェイスがリズムを刻むようにリンの背中を叩く。そのリズムを辿り、リンは苦しくなっていた呼吸を徐々に取り戻していく。

 首元を掴み、全力疾走した後のような息をするリン。彼の背を撫でていたジェイスは、傍にいた晶穂にその役割を任せた。

「晶穂」

「はい」

 真剣な顔で頷くと、晶穂は先程までジェイスがやっていたようにリンの背中を柔らかく叩く。冷汗をかいていたリンは、喉に置いていた手をユキに取られて弟の肩に額を乗せた。

 何かがおかしい。それだけは明確にわかるにもかかわらず、体が言うことを聞かずに思考がまとまらない。リンは地面を掴み土と雑草を握り締めながら、懸命に普段の呼吸を取り戻そうとした。

「ユ、キ。あき、ほ。すまな……」

「今は喋らないで、兄さん。焦らなくて良いから」

「うん、そうだよ。落ち着くまで、待ってるから」

「すま……っ。ごほっ」

「大丈夫だよ、リン。大丈夫」

 一生懸命にリンへ声をかけ続ける晶穂とユキ。そして彼ら三人を見守る仲間たちは、じっとその場に立ち尽くす。

「……ジェイス」

「何、克臣?」

 周囲の警戒態勢を解かず、克臣の表情は厳しい。そんな幼馴染に呼ばれ、ジェイスは物腰柔らかく訊き返した。

「お前、何か見えたか?」

「リンが倒れる前にってことなら、何も。ただ、強い魔力の気配を一瞬だけ感じたかもしれない程度」

「一瞬だけ? ジェイスでも追えないとなると、かなりの強敵か?」

「敵と決めつけるのは早いよ。だけどまあ、リンを苦しめるものは全て敵だと言っても過言ではないけど」

「……お前、時々怖いこと言うよな」

「そうかな?」

 とぼけるジェイスに苦笑を返し、克臣はもう一度周囲を見た。魔力を持たない彼だが、魔力を持つ者たちと過ごすことが多いせいか強い魔力であれば感じることが出来る。そのため今回も痕跡を探すが、一切掴むことが出来ない。

「……春直、ユーギ。お前たちは何か気付いたことはなかったか?」

 リンの様子の急変におろおろしていた年少組の二人は、克臣に問われて顔を見合わせる。先に態度で示したのは春直だ。少し考えた後、ふるふると首を横に振った。

「ぼくも、克臣さんと同じです。何かを感じたとかは全く」

「ぼくもだな。……克臣さん、団長は大丈夫だよね?」

「勿論だ」

 強く頷き、克臣はリンへと再び視線を移す。

 リンはようやく呼吸が安定し、晶穂とユキに支えられて立ち上がったところだった。額の汗を手の甲で拭き、眉をひそめつつも克臣たちの視線に気付いて苦笑いを浮かべる。

「すみません、みんな。ご心配おかけしました」

「それが、種を集めるきっかけになった『毒』の影響?」

「ええ、エルハさん。……多分今のは、近くにいた種の守護に反応した結果だと思いますけど」

「近くにいたの、団長?」

 落ち着いたリンを見て、サラはずっと握り締めていたエルハの服の裾から手を離した。そして不安げに瞳を揺らし、小さく首を傾げる。

 サラの問いに、リンは曖昧に頷いた。彼とて確信があるわけではないが、あの気配は確かにそうだったと振り返る。

「すぐ傍で種の魔力を感じた。確かめる間もなかったけど、あれは種の守護の気配だった」

「もう少ししたら滝があるって言っていたよね? そこで、お昼ご飯にしよう。ですよね、ジェイスさん!」

「わたしの許可は要らないよ、晶穂。みんな歩き疲れもいるだろうし、休憩にしよう」

「そうですね」

 リンの呼吸が落ち着き、一同は湖の傍で一旦休憩をとる運びとなった。

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