第599話 猫耳との再会

 ノイリシア王国は、名の通り王政を敷いている。銀の華に所属していたエルハはこの国の第二王子であり、彼と恋人関係にあるサラは同国で末姫の側仕えとして働く。

 賑やかな港町に降り、リンたちは辺りを見回した。一応前日にでサラにこれから向かう旨を伝えておいたが、正確な時刻を伝えてはいない。

「一度、城の方に行きましょうか」

「エルハたちからも話を聞きたいしね。そうし……ん?」

「ねぇ、あれ!」

 ジェイスが言葉を切り、ユーギが何処かを指差す。全員がそちらの方向を見たその時だった。

「晶穂ー、みんなー!」

「サラ!」

 こちらに駆けて来る猫耳の女性がいる。名前を呼ばれ、晶穂も手を振り返した。

 全力で走って来たサラは晶穂の前で足を止め、はぁはぁと息を整えてから顔を上げる。全員を見渡し、にこっと笑った。

「みんな、お久し振りです! 来るの待ってたよ」

「会えて嬉しいよ、サラ!」

「あたしも!」

 女同士で再会を喜び合う和やかな光景に水を差すのは気が引けたが、リンはサラに向かって軽く頭を下げる。

「急に押しかけてすまない、サラ」

「良いんですよ、団長。エルハも楽しみにしてましたし!」

「そのエルハは?」

 ジェイスが問うと、サラは「エルハは仕事が片付かなくて」と肩を竦める。

「みんなが来るまでには片付けておくって言って、今必死にやってると思います。イリス殿下も、ヘクセル様もノエラ様も、みんな団長たちに会えるのを楽しみにしていますよ」

「懐かしい名前ばかりだな」

 克臣が言い、リンが「そうですね」と頷く。

 エルハから見て、イリスは義兄、ヘクセルは義姉だ。ノエラはエルハが故国を離れてから生まれた義妹であり、エルハがノイリシアに戻るきっかけを作った姫君でもある。

 更にヘクセルの配下には、ノエラ側付きの近衛三人組がいる。ジスターニ、クラリス、そしてとおるという。中でも融とリンは少々あることでぶつかった経験があるが、今はよきライバルだ。

「サラ、融さん達も相変わらずか?」

「はい。融、また団長と手合わせするために鍛錬への身の入れ方が変わったってヘクセル様がおっしゃってました」

「俺も、負けていられないな」

 ふっと笑い、リンは胸の前まで上げた拳を握り締めた。

 彼のその様子を見て、晶穂が少しだけ複雑そうな表情を見せる。彼女にとっても、融とヘクセルとは因縁めいたものがあった。

 しかし、それをここで口にする訳にはいかない。晶穂は努めて表情を改め、柔らかく微笑んだ。

「皆さん、元気ならよかった。ゆっくりお話しする時間はないかもしれないけど、近況報告くらいは出来たら嬉しいな」

「うん、ノエラ姫もすごく楽しみにしておられるよ。おにいちゃんとおねえちゃんたちに会えるって」

「なら、ご期待に応えないとね」

 自分に懐いてくれたノエラを思い、晶穂は優しく口元を緩めた。自分を「おねえちゃん」と慕ってくれた幼い姫君を思い出すと、ささくれ立ちそうだった心が落ち着く。

「晶穂?」

 サラが首を傾げ、晶穂の顔を覗き込む。晶穂はそれに首を横に振って応じ、笑みを浮かべた。

「何でもないよ。サラ、お城まで案内してくれるんでしょう?」

「勿論。みんな、ついて来て下さい」

 晶穂の手を取り、サラは先頭に立って歩き出す。彼女らの後を年少組が追い、更に後ろにリンたち三人が続いた。

「……晶穂は、どうかしたのか?」

 ぼそりとリンに尋ねたのは、首を捻る克臣だ。尋ねられたリンは心当たりがあったが、それを口にするのもどうかと思い、曖昧に反応するしかない。まさか、自分がヘクセルに想いを寄せられ告げられたとは口が裂けても言うわけにはいかなかった。そしてリンは、晶穂とヘクセルの間に何があったかは知らない。

「……まあ、あまり思い悩むなよ」

 ポンッとリンの頭を撫で、克臣はサラたちを追う。何となく立ち止まって克臣を見送ったリンは、隣に立ったジェイスに「どうかした?」と問われて我に返った。

「ああ、いえ。何でもありません」

「ふふ。何があったかは知らないけど、克臣の言う通りだね」

 言いたくないこともあるだろうから。そう言って、ジェイスもリンを置いて行く。取り残されかけ、リンは慌てて仲間たちを追った。


 リンたちが向かったのは、ノイリシア王国の首都中心部にある王城。城下町の賑わいは、そのまま国の経済状況を表すのだろう。子どもたちが走り回り、それを大人たちが見守っている。大荷物を荷台に摘んだ男たちが走り去り、サラはそれを見送ってから仲間たちを城の門へと案内した。

 屈強な門番二人が出迎え、サラの顔を見て相好を崩す。

「やあ、サラさん。そちらの方たちが?」

「そうです。イリス殿下のご友人でもある、銀の華の方たちです。あたしの友人でもありますし、通って良いですよね?」

「勿論。殿下から直々に頼まれてもいるしね」

「ようこそ、ソディリスラの自警団」

 破顔一笑。男たちはリンたちにも丁寧に挨拶をすると、門の鍵を開けてくれた。

「ありがとうございます」

 リンが頭を下げ、それに続いて仲間たちもそれぞれに挨拶をする。サラはそれらを見て最後に笑みを浮かべると、門番たちに尋ねた。

「ありがとうございます! ところで、殿下たちは執務室に?」

「ええ。そちらでお待ちだと思うよ」

「わかりましたっ」

 サラはそこまで聞くと、晶穂の背を押して城の中に入って行く。先に進んでいたリンたちと合流し、一行はイリスの執務室へ向かう。

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