第598話 短い船旅

 ノイリシア王国へ向かうこととなったリンたち。最短ルートは北の山沿いを行くことだが、そちらは神の領域だ。基本的に、そちらへ人が行くことはこの世界のタブーとされている。

「……でも、甘音たちに頼めば行けるんじゃない?」

「行けるだろうが、それはそれでどうなんだ?」

 そんな会話が交わされたが、結局少し南西に進んで港から船に乗ることになった。里を出た翌日、リンたちの前に港の景色が現れる。

 風が変わり、ユキとユーギが一行の先頭へと走り出た。

「おお〜、青い!」

「そりゃ海だからな」

 克臣はすげなく応じ、街の地図とにらめっこしているジェイスに目をやる。

「ジェイス、船はどうだ?」

「あと一時間もしないうちに、次の船が出るみたいだ。それに乗れば、夕方には着けると思うよ」

 ジェイスが見やったのは、街の船着き場だ。忙しなく人々が行き交い、賑やかな様子が伝わってくる。

 アラストにも港はあるが、ここまで観光地と化してはいない。物珍しいのか、年少組の目が輝いている。

「とりあえず、飯にしようぜ。腹が減ってたら、船酔いもしやすそうだしな」

「食べ過ぎも良くないよ?」

「適度だよ、適度」

 ユーギの冷静な突っ込みに返答し、克臣はぐるっと街の中を見回した。各地から観光客が来るのか、食べるところと土産を買うところには困らなさそうだ。

 何となく自分も町並みを見ていた晶穂は、ふと目についたお店を指差した。

「……あ、あれとかどうでしょう?」

「どれだ?」

 リンが横に来て、晶穂の指す方を見る。他の仲間たちも集まって来て、パッと目を輝かせた。

「海だもんね! 海鮮食べたい!」

「お刺し身乗っけた丼とか!」

「折角ですし、良いんじゃないですか?」

「ぼくも賛成です」

 年少組がわいわいと手を挙げ、リンと晶穂、ジェイスも頷く。克臣も乗り気で、全会一致で海鮮丼を食べた。


 一時間程食事を楽しみ、リンたちは店を出て港へと向かう。

 克臣がうーんと伸びをし、ニヤリと笑った。

「はーっ、美味かったな!」

「魚は新鮮だったし、盛り付けも綺麗だったな」

「おいしかったです!」

 ジェイスと晶穂も口々、海鮮丼の店への感謝を口にする。リンも目を細めて頷き、汽笛を聞いて顔を正面に向けた。

「乗るのは、あれですか?」

「そう、あれ。定期船なんだってさ」

 ジェイスが指差したのは、フェリーくらいの大きさの船。船長らしき壮年の男性が船から海を眺めており、若者が乗客の確認をしている。

 リンたちも連れ立ち、若者に事前に買っていたチケットを渡して乗船した。

 乗客はリンたちの他、数組いる。子供連れの家族もいて、幼い子が二人で走り回っていた。父親らしき男性が「ほら危ないよ」といさめている。

「兄さん、船の先の方行ってきても良い?」

「良いけど、あんまり羽目外すなよ? 船から落ちたら助けられないからな」

「わかってる。流石に分別くらいつくよ」

 けらけらと笑い、ユキはユーギたちを誘って歩いて行った。その後ろ姿を見送り、克臣がぽつりと呟く。

「ユキってそろそろ十六だよな。精神年齢、ユーギたちとほぼ一緒じゃないか?」

「まあ……。俺は、たぶんあいつなりに考えてやってるんだと思うんですけどね」

「年少組に数えているのはわたしたちも同じだから、それを言えば唯文もほとんど同い年だろ」

 どうしても年少組として一括りにしがちな四人のことであれこれと言う年長組を眺め、晶穂はくすりと笑った。

「ユキも唯文も、三人に追いつくために必死だと思いますよ。勿論、ユーギと春直も」

「……俺たちも、簡単に追い越される訳にはいかないからな」

 呪いの痣が広がっているために薄手のグローブをつけているリンは、そう言うと左の手の甲をさすった。その仕草に、晶穂が敏感に反応する。

「リン、痛む?」

「若干な。けど、我慢出来ない程じゃない。軽くうずく程度だから、そんなに気にしな……っ」

 リンは言葉に詰まり、自分の手元から目を話せなくなった。グローブの上からリンの両手を包んだのは、晶穂の細い手だ。柔らかく包み込み、彼女は目を閉じて神子の力をリンへと流す。

「言ったでしょ、心配だけはさせてって」

「……ありがとう」

 冷えていた指先が温かくなり、リンはバツの悪い顔で礼を伝えた。秋も深まり、そろそろ冬が近付く季節でもある。そのせいだと気を紛らわせようとしていたが、晶穂に触れられたことで改めて毒の影響なのだと再確認させられた。

(早く、種を全て集めないとな。俺の体が蝕まれるのが先か、種をすべてそろえるのが先か……)

 リンが無意識に撫でたのは、デコルテ部分。首元の詰まった服を着ているために目立たないが、そこまで痣は広がろうとしている。晶穂と種の力で拡大速度は抑えられているが、種を集めて均衡を破らなければ呑み込まれる危険があった。

 勿論、リンはそれを仲間たちに伝えはしない。余計な心配をかけたくも、慌てさせるのも嫌だったのだ。しかしながら彼の思いとは裏腹に、仲間たちは気付いていた。

 特に晶穂は直接リンの中の毒と力をぶつけ合うため、その力が徐々に強まっていることを肌で感じていた。だからこそ、リンに触れる時は少しでも痛みを取り除こうと必死になる。

(リンは、わたしたちが必ず守る)

 何度も心に誓って来たことだが、晶穂はリンの指が体温を取り戻したことに安堵つつも心の中で呟く。戦闘能力では仲間たちに敵わないが、別の側面からリンを守ることは出来るはずだ。

「兄さんたち、見てよ!」

 船の先の方で景色を見ていたユキが、リンたちに向かって手を振る。リンと晶穂は互いの手を離し、ユキたちの方を向く。二人を見守っていたジェイスと克臣もまた、視線を動かす。

 彼らの視線の先に、陸地が見えて来た。ノイリシア王国の国土である。

「……ノイリシア、か」

 サラやエルハたちと会えることは楽しみだが、リンは遠くの種に呼ばれる感覚を覚えていた。明確に何処かはわからないが、確かにリンを待っている。

 その時、船の汽笛が鳴ってノイリシア王国に入ったことが告げられた。

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