ノイリシア一つ目の種

第597話 新たな目的地

「みんな、お帰りなさい」

 出迎えてくれたツユに宿を頼むと、彼女は快く部屋を貸してくれた。晶穂はツユの部屋に、リンたち年長組と年少組はそれぞれに借りた部屋でしばしの休憩を取る。彼らが次に目覚めた時、日の光は真上に達していた。

「ん……?」

「起きたかい、リン」

「ジェイスさん……。克臣さんは何処に?」

「少し前に起きて、里の中を見てくるって出て行ったよ。クロザかゴーダに案内してもらうつもりなんじゃないかな」

「そう、なんですね」

 うん、と言いながらジェイスが部屋を出て行った。

 ぼんやりと起き切らない頭がゆっくりと晴れ、リンは体を起こした。短時間とはいえ休めたためか、幾分か落ち着いたように思える。

「ほら、リン」

「あ、ありがとうございます」

 戻って来たジェイスにコップを差し出され、リンは反射的に受け取った。温かいそれの中身を見れば、白い液体が入っている。

「これは?」

「ん? はちみつミルクっていう感じかな。ミルクも蜂蜜も全く同じではないけど、似てるものってやっぱりあるよね」

 蜂蜜と称されたのは、蜂のように花の蜜を集めて幼虫を育てる虫の巣から取れるもの。ミルクも牛に似た動物の乳を加工したものだ。

 風邪をひいた時等、元気になりたい時に飲むことが多い子どもの飲み物というイメージがあった。しかし、実際に飲むと体がじんわりと温まり、ほっとする。

 リンは仄かな香りを楽しみながら、ジェイスと共に昼のひと時を過ごす。

「何だか、ひと心地ついた感じがしますね」

「今回に関しては一段落したからね。とはいえ、種集めはまだ道半ばだ。リンの体を治すまでは、気が抜けないよ」

「少しマシにはなりましたよ。こいつが、俺を助けてくれますから」

 そう言って、リンは窓から入る陽射しにバングルをかざした。三つの種を宿した石は、変わらずキラキラと輝いている。

 リンの目が眩しさに細められ、腕を下ろすとその石を撫でた。軽く眉を寄せる。

「とはいえ、晶穂の力を借りている現状がずっと続くことは望みません。かなりの負担を強いていますし、出来れば俺はあいつに力を使わせたくないですから」

「晶穂のあの和の属性の力は、唯一無二のものだと思う。それに使い過ぎれば、あの子自身が倒れてしまうことはわかっているからね。みんなその辺りはわかっているだろうけど……心配?」

「え?」

 思わず顔を上げたリンに、ジェイスは優しい笑みを見せた。

「気付いているかい? リンは、晶穂の話をする時が一番優しい顔をしているよ。そして、彼女を案じる時もね」

「……俺、そんな顔してますか?」

「しているよ。それは何も恥ずかしいことじゃないし、本当に晶穂のことが大事なんだってわかる」

「そう、ですね」

 図星を言い当てられ、リンはぐうの音も出なかった。顔をジェイスから見えないようにと逸らすが、耳が赤いのは隠せない。

 そんなリンを眺めて楽しんでいたジェイスだが、ふと廊下に響き始めた足音に耳を澄ませた。

「克臣かな、あれは」

「かもですね」

 こほんと咳払いをして、リンは表情を戻した。それとほぼ同時に、部屋の戸が叩かれる。

「ジェイス、リンは起きたか?」

「克臣さん、散歩に行ってたそうですね。どうでしたか?」

「おお、リン。やっぱアラストとはまた違った町並みで、面白かったぞ。……って、今はそれは横に置いてくれ」

 克臣は何かを横に置く仕草をすると、くいっと後ろを指差した。

「さっき、晶穂にサラから連絡があったんだ」

「サラから?」

「ということは、ノイリシアで何かあったのか?」

 身を乗り出すリンとジェイスに、克臣は「詳しくは全員揃ってからが良いだろ」と言う。

「待たせてる。二人共ツユの部屋に」

 克臣に連れられ、リンとジェイスはツユの部屋へと足を踏み入れた。年少組も先に来ており、各々椅子に腰掛けたり、その背に体を預けたりしている。

 三人に気付き、唯文が顔を上げた。

「リン団長、もう大丈夫なんですか?」

「ああ。万全とは言わないけど、比較的楽かな」

 唯文と話すリンを、晶穂はツユのベッドの傍で見守っていた。また少し、リンの顔色が良くなったようでほっとする。

「これで三つの種が揃ったからね。あと七つだ」

 ユキが指を折って数え、残りの二本の指も折って拳を作る。弟に「ああ」と応じたリンは、大きな水鏡が現れているのを見て、その向こう側に軽く手を挙げた。

「久し振りだな、サラ」

「うん、団長も。みんなも元気そうで安心したよ」

 鏡の向こうで手を振ったのは、かつて銀の華に所属していた猫人のサラだ。今はノイリシア王国で、末姫付として暮らしている。

「こちらも変わりなく、みんな元気にしてますよ。エルハは兄殿下と一緒のことが多くて、忙しそうにしてるけど」

 一通りの近況報告を済ませ、サラは早速核心へと入った。

「今回連絡したのは、他でもないです。銀の花の種に関する報告をするためだよ」

「そういや、エルハが調査してくれてたんだよな? ……思ったより早いが、何かわかったのか?」

 克臣に頷き、サラは「これを見て下さい」と言って書類の束を手にして見せた。それは五枚ほどの紙が束ねられたもので、表紙には『花の種報告書』と書かれている。

「中身を簡単に説明すると、ノイリシア王国の幾つかの地域で、種に関連しそうな言い伝えがきちんと残っていたんです。更にその地域では最近になって、不思議な出来事が起こっている……。この何日かで調べたのはこれだけかな。地域に行くための地図も、エルハたちが用意してくれてます」

「だったら、やることは一つだろ」

 克臣が言い出し、全員が頷く。一刻も早く、種を全て集め切りたい。それは、銀の華全員の思いだ。

「サラ、出来るだけ早くノイリシアに行く。それまでに、集められる情報は集めてまとめておいてくれるか?」

「わかったよ、団長!」

「エルハにも宜しく言っておいてくれ。頼んだ」

「はい!」

 元気に敬礼し、サラが通信を切る。ほぼ同時に動き出した銀の華の面々を見て、クロザがリンに声をかけた。

「もう行くのか?」

「ああ。正直、一刻を争うっていう感じなんだ。アルファの言葉も気になるし……」

 アルファの言葉とは、銀の花の種集めがこの世界にとっても必要なことだというもの。引っかかりはあるが、その真意を問う時間はなかった。

「助かったよ、クロザ。ツユもゴーダも、ありがとうな」

「またいつでも来れば良い。アルファもここに来ることがあれば、お前らみたいに扱うから」

「そうしてあげて。きっと喜ぶから」

 クロザの言葉に晶穂も同意し、再会を約束する。

 三人に見送られ、一行は古来種の里を後にした。

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